芦塚先生の音楽教育のconcept

従来型の日本の音楽教育
芦塚先生がドイツに留学した当時は、一ドルがまだ360円の時代で、音楽に限らず、生活レベルを含む経済力や日本人の意識が、ヨーロッパやアメリカよりも50年は遅れていると言われていました。
音楽社会も、古い明治時代の富国強兵の命令に忠実に確実に従うという学生を養成するのが目的の、その時代の意識そのままに、音楽教育がなされて来ました。音楽も富国強兵の明治時代の音楽事始めーどころでは無く、江戸時代からの伝統である家元制度のシステムがそのまま引き継がれて、日本での音楽教育が展開されて行ったのです。
そういった中身のない、技術だけを極めようとする日本の音楽体質に対して、ヨーロッパに留学してびっくりしたのは、ヨーロッパの音楽家の地位です。町や村で村長さんやお医者さんと同じに尊敬される立場で、村の重要な存在であるという事と、また、音楽家達の人間性も、そういった評価に堪え得るだけの、充分な人間的な資質、優しさや責任感を持っているという事に、少なからず驚かされてしまいました。
音楽家であるためには、その前に人間としても、周りの人達に頼りにされる存在でなければ、本当の音楽は分からない、という事に改めて、芦塚先生は気づかされたそうです。要するに権威だけを振りかざして、威張りまくって自分が偉い人間だと勘違いしている日本の音楽家とはえらい違いだよね、という事です。
芦塚先生は、ヨーロッパから帰国して、それから、日本の子供達にも、オーケストラや室内楽を通じて、本当の音楽の楽しさや素晴らしさを教えてあげたいという願望だけではなく、本当の信頼され、人の信頼に堪え得る人間を教育するという理想に燃えて、30数年前に千葉市の花園に、芦塚音楽研究所の付属の音楽教室を創設しました。
しかし、そこで、芦塚先生は、日本の音楽教育が抱える魂のない技術だけをよしとする従来型の日本の教育制度と、魂の叫びであるはずの芸術を指導したいという願望の大きなギャップに悩まされる事になります。

音楽教育を通じて、音楽的な感性や、人間性を育てるには、人の上に立つものとしての、責任感と音楽に対しての真摯な姿勢を、指導していく事が、教育の重要な要素になっていきます。
という事で、芦塚先生を筆頭にして、指導携わる先生達は、オケや室内楽を通じて子供達の責任感や思いやりの育成に努めてきました。だから、これまでも、教室のオーケストラでリーダーを務めてきた生徒達は学校や社会でも常に頼られて、責任感のある立場を果たしてきました。
しかし、今回の八千代の「秋のコンサート」のprojectは、芦塚先生が、花園に音楽教室を開設して以来、30数年間で初めての芦塚メトードとは無関係のハプニングに悩まされる事になります。

夏休みの合宿や練習の目的
通常は、秋の発表会から春の発表会までの期間に比べて、春のコンサートから秋のコンサートのintervalは短いので、夏休みの合宿や夏休み中のオケ練習で、何とか水準をupさせるようにします。
そこにも、芦塚メトードのconceptがあります。
音楽を専門に勉強している上級生(専科生)達が、曲の練習上のpointを先生達からlectureを受けて、それを夏休み中に後輩達に指導をするのが慣例です。

そういったcurriculumを芦塚先生が設定した理由には、細かく言うと、いろいろと沢山のconceptがありますが、大きく説明すると二つの重要なpointを説明しなければなりません。

その究極的な理由の一つは、どんな初歩の課題であったとしても、それを本当に後輩に指導し、わかりやすくlectureするためには、その技術の本当の意味での正しい理解とそれを表現する技術が必要だからです。
一般的には、上級生になって技術水準が向上すると、逆に初歩に戻って初歩の技術を復習する事が困難になります。
プライドが許さなくなるという事なのかな??
しかし、音楽で本当に美しい音を追究しようとすると、ピアノの場合には、姿勢や椅子の座る位置や高さの正しい理解が必要になります。touch一つにしても、本当のtouchとただ強い音を出すためだけのtouchでは、その奏法には、雲泥の差があるのです。同じPianoなのに、演奏家によって全く違った音がします。しかし、不思議な事にオシログラフで見ると同じ波形なのだよね。だから、いまだにコンピューターではヴァイオリンとヴィオラとチェロの音の違いは出せないのですよ。でも人間の耳でははっきりと聞き分ける事が出来ます。
でも、芦塚先生が結論的に言う言葉は、「学習する人が、美しい音に対してのimageがなければ、100年lessonをしても、その生徒が美しい音を出せる事はない。」というのは、けだし名言です。真理です。

芦塚先生に限らず、殆どの名演奏家と呼ばれる人達が、口癖にしている言葉があります。それは「プロは何時でも行き詰ったら初歩に戻って勉強をする事が出来る。」という事です。
でも芦塚先生は何故、「・・する事が出来る。」という含みを持った言葉を言ったのでしょうかね。
その意味は、普通の一般的な音楽家にとっては、初歩の初歩に戻って勉強をするという事は、不可能な事だからなのです。
野弧的な演奏家達にとっては、初歩に戻って勉強をするという事は、屈辱的に難しいのです。
つまり、「音楽家になりたい」と願うのであれば、何時でも、「初歩に戻れる!」という勉強をしなければなりません。しかし、それは、音楽家の謙虚さの問題になります。日本の権威主義的な空威張りの音楽を学んで来た人にとっては、そういう謙虚さは真逆の世界になるのですよ。

だから、殆どの音大生や音楽家達は初歩の教材を馬鹿にします。

教室に就職しようとする先生達に、芦塚先生が 「Beyer教則本やDiabelliの連弾の曲を、完全に覚えなさい。いつでもちゃんと弾けるように勉強しなさい。」というと、「そんな曲は初見で演奏出来るから、暗譜する必要はない。」と返して来ます。
初歩の生徒を指導する時に、先生は「子供達が弾く指は正しいホーメーションをしているのか?」「指使いは?」「touchの位置は?」等々沢山の事をcheckしなければなりません。もし、先生が譜面にしがみ付いていたら、生徒が変な指使いをしていても、手首の位置がおかしかったとしても、それに気付くとこはありません。そこで、もうちゃんと勉強をしてきた先生と、子供達の教材を馬鹿にして覚えようとしない先生の差が出てしまうのです。
だから、たまに芦塚先生が、初歩の教材を例にとって、「この曲は**だから、こう弾かなければなりません。だから、こういう所を注意して指導するのですよ。」 とlectureすると、「何で、BeyerやDiabelli教則本がそんなに難しく、奥深いのですか?」と驚かれる事があります。
だから、「BeyerやDiabelliの教則本は技術が簡単な技術で書かれているだけであって、内容が簡単な分けではないのですよ。」「内容も無いような教材なら100年も200年も使われてくる事はないのですよ。」 と説明するのですが、どうしても、指を回して技術が派手派手しい曲の方が、内容そのものも深いような錯覚に囚われているようで、説明しても理解してもらえません。

教室の先生達は、生徒達の為に、模範演奏のテープ(ディスク)を作らなければなりません。
だけど、Bachの、G DurのMenuetのような、超簡単な曲でも、録音するとなると、本当に難しいという事を体験上知っています。曲が簡単になればなる程、演奏での誤魔化しが出来なくなります。ほんのちょっとした音の狂いでも、誤魔化しようがないのですよ。

逆の言い方をすると、難しい曲になればなる程、技術がカバーするものが大きいので演奏は簡単になるのですよ。

私達は子供達にも、よく言います。
「簡単な名曲は、誰もが知っていて、その曲に対するimageが決まってしまっているので、その中で、ちゃんと演奏するのは非常に難しいのだよ。」
子供達もそれは身を持って分かっているようです。

音楽専科として、二つ目に芦塚先生が非常に大切にしている事は、後輩の面倒を見るという事です。
これは学校の部活でも同じように、先輩が後輩の指導をしているので、全く部活と同じ事をしているように見えますが、残念ながら、そのconcept(内容)は全く違うのです。

日本の音楽家達に一番欠けているのは、「音楽が職業である」という意識です。
「えっ?!音楽家って、芸術家ではないの?」「音楽が職業なんて思ってもみなかった!」 というのは、音楽大学の院の生徒が芦塚先生に言った言葉です。そのくせ、ギャラの桁にはうるさいのですがね。


「音楽家は芸術家ではないのですか?」
いえ、それは違いますよ! 
HaydnもMozartも、Beethovenも皆、自分の事を職人だと思っていたのですよ。
少なくとも、皆、誰かとの会話の中で、そう答えています。
「何故??」・・・って??
それは、当たり前の事なのです。
聴衆が居てからこその、作曲なのですから。
芸術は人が認めてくれなくてもいいという独りよがりの世界です。
ただ、一般人が勘違いしやすい事は、「人に(大衆に)迎合する」という事や、「独りよがり」の世界は、音楽家が求める世界とは違うのですよ。
信念を持って自分の書きたいものを書くという事は、独りよがりとは違います。
自然と人に支持されるようになって行くものなのです。
竹林山の七賢人が、本当に隠遁生活を送ったのなら、今にその名が知られている分けはないのですよ。
人を否定して、「独りよがり」の隠遁生活を送るのなら、誰からも知られる事は絶対にないのですからね。


それに、もう一つ大切な事は、その人が芸術家であるか否かを決めるのは、時代であり、決して、その人自身や、その人の取り巻きの周りの人達ではないのですからね。

芦塚先生も50年以上音楽家を続けていると、「当時、超一流の音楽家と呼ばれていた人達が、今は時代の中にすっかり埋没してしまって、誰も記憶さえしていない。」という事を沢山経験しています。
つまり、幾ら無理をして、お金や宣伝力を使って、マスコミで芸術家を作り上げても、歴史という荒波の中では、本当の本物しか残らない・・・と、いう摂理なのです。
今、現に超一流のように持て囃されている音楽家も、後、10年人の言の葉に登るかな??という人達は結構います。その頃になると、その人を持て囃していた人達も、自分達がその人を持て囃していた事すら、とうの昔に忘れてしまっているでしょうがね。人の記憶なんて、そんなもんですよ。ね〜ぇ??

次に、音楽の勉強の中で、一番大切な事は、音楽は、自分をアピールする場ではないという事です。
そういう事を言うと、音楽を勉強している人の殆どは驚かれると思います。
しかし、客観的に音楽を捉えてみるとそれは当たり前の事だと気付くはずです。
日本の音楽家達は演奏をする時に、自分の音楽技術をひけらかします。
しかし、それで驚いて、感心してくれる人は、サーカスで曲芸を見て驚いているのと同じ驚きにすぎません。
そういった感動は、次の日にはすっかり忘れ去られているものです。
だから、それを音楽とは言わないのですよ。
それはエンターテーメントといいます。日本語で言うと、大道芸というのですよ。

音楽を勉強する上で、もっとも大切な事は、作曲家の心を学ぶ事です。
そうすれば、Beethovenが言うように、その人の音楽が「心から、心へ」伝わっていく事が出来ます。
自分本位の音楽ではなく、人(聴衆)への奉仕としての音楽、・・それが芦塚先生の音楽に対する基本理念です。
芦塚先生について習うと、皆、音楽がとても上手になります。
しかし、芦塚先生を悩ませているのは、皆、ともすれば、「芦塚先生から音楽の技術だけを学ぼう」 とする傾向にある事です。
本当は芦塚先生は、芦塚先生が抱いている 「作曲家への敬愛とsymbthyを学んで欲しい。」と願っているのですがね。
そこが、本当に音楽の世界で生きて行けるのか、音楽大学を卒業してそれで終わるのかの分かれ道になるのですよ。
芦塚先生が音楽を通じて、子供達に指導したいのは、音楽を愛する心です。
芦塚先生がオケ練習で、言葉のlectureをするのも、技術を表現としてlectureするのも、その曲の持つ心を学んで、それを人に伝えるようになって欲しいからです。
心を学ぶ為に、一番大切な事は、自分の硬い殻の中から、出る事なのです。

ただ単に、先輩が後輩を指導する、という事だけならば、それは学校の部活でも同じ事をやっています。
学校の部活は、物真似です。
先輩がこう教えたから、それを忠実に自分も指導する。
それは儒教精神以外の何をもでもありません。
それは魂の抜けた、表面の欠片を飾っているのに過ぎないのです。
中身のない、はく製のような音楽です。

後輩の子供達が本当に、先輩の真摯な音楽に対しての態度や情熱を学び、ついて来るようになるには、先輩自身のそれ相応の知識と技術が必要です。
そこで自分を省みたり、「この子にはこうすればよかった。」とか、「ああしなければならなかったのに・・」という反省が生まれて、自分から脱却する事が出来るようになるのです。

発表会で小さな子供の誘導をさせたりするのを、上級生にさせるのも、思いやりの心を育てる事が本来の目的なのです。
子供達がオケ練習や発表会の進行を通じて、そういった事を学ぶ事がないのなら、オケ練習も、発表会の進行を子供達にさせるのも必要はありません。

日本の音楽教育は、自分の技術を学ぶ事が全てであり、人を感動させるような演奏を学ぶ事ではありません。
力技で「私は上手いのよ!」「こんな難しい曲をこんなに上手に弾けるのよ!」「そのために私は自分の人生を全て犠牲にして来たのだから、もっと感動しなさいよ!」なんて言われてもね!??それなら、世界的な名人の演奏だけを聴いていればよいのですよ。何もあなたの演奏を聴く必要はない。子供が幾ら一生懸命演奏しても、それを見て聴いて感動して涙を流してくれる人はいないでしょう。
でも、私達の教室の対外出演では、N響のメンバーの演奏を冷たく見ていた人達が、教室の子供達の演奏に感動して涙を流してくれます。それは何でしょうね?それが分からないと、音楽家になるのは無理でしょう。

芦塚先生はそういった、従来型の音大型の音楽教育を真っ向から否定します。
そして、子供のうちから、奉仕の心を学ぶ事で、人に感動を与える(人に伝える事の出来る)、本当の音楽を演奏出来るようになるのです。

芦塚先生と音楽大学
音楽社会では早くから、音楽の世界で活躍している人達がいます。
その人達は、音楽大学に進学する前から音楽活動をしています。
プロとして音楽活動をしたければ、はっきり言って音楽大学に進学するようではだめです。

芦塚先生が昔、芸大や武蔵野の学長さん達と一緒に会食をした時に、学長さん達に、こう言われた事があります。
それは、「音楽大学はプロを育てる場所ではない。」という事です。
芦塚先生も音大時代に、楽理の教授から同じ事を注意されたそうです。
「君が音楽大学を卒業して、プロになりたいと思うのなら、今君が尊敬している作曲家の人に直ぐに弟子入りをしなさい。」「音楽大学では、プロの社会の事は何も学べないのだから。」その先生も作曲家でしたが、本当に生徒を思ってのアドバイスでした。
芦塚先生はその時には、まだ大学一年生だったのですが、学校を中退して、直ぐにでも留学するかどうか、半年間も悩んだそうです。
しかし、芦塚先生は、留学から帰って来た先生達と親しく色々とお話をうかがう機会を得て、ヨーロッパの音楽大学と日本の音楽大学のレベル差、とその50年以上立ち遅れているというギャップを感じて、今すぐに留学をしてしまうのなら、勉強について行かなくって、挫折する公算の方が大きい(目に見えている)と判断しました。
「学校で勉強をする事が、そのレベル差を埋める事にならないのなら、自分で大学の4年間を、「時間を貰った。」と考えて、その4年間をフルに有効に使って勉強をしながら、留学の費用を稼いで・・」と、決心しました。
留学を決心したら、やはり、直ぐに音楽のプロになりたい色々な音楽大学の留学を目指す学生達と友達になって、お互いにどう自分なりに勉強をするのかを情報の交換をしたりして着々と準備に励みました。
という事で、芦塚先生にとっての音楽大学時代は、「4年間(実質は1年生の時に、色々と悩んだので、正味3年間ですが・・)」という留学のための勉強の時間を作る場所であって、また留学の費用を稼ぎ出す場所でもありました。
という事で、大学の授業には、全く顔も出さなかったのですが、音楽大学はそういう所には寛容で、男遊びで学校に寄りつかないという理由であれば、大学は即退学ですが、勉強のために学校に顔を出さないのは、当時は、試験の成績さえトップであれば、授業を受ける受けないは許容範囲だったのです。
というよりも、楽典や通論の時間は、教室を追い出されてしまいました。歴代の作曲科の先輩諸氏が、授業で先生を質問攻めにして、授業が成り立たなくなったので、作曲科の学生は出入り禁止になったのです。
和声の授業は、教授一人では全員の回答を見る事は難しく、芦塚先生が呼ばれて、答案の〇付をさせられたそうです。
今でも、江古田にそのお店はありますが、「おそめ」というとんかつ屋の上定食のチケットを、授業のお手伝いをする度に貰ったそうです。昔巨人軍で活躍していた人だそうで、結構、ぶっていて、学生が入る事は難しい高いお店でした。今は息子さんがやっていて、結構庶民的なお値段になっていますがね。

八千代に出演する意義
これも芦塚先生の口癖ですが、「プロになりたいのなら、(或いは、そこまでの目的がなくただ上手くなりたいという願望だけでも)外で演奏活動をしなさい。」という言葉があります。
勿論、学校の行事で演奏したり、知り合いの所で演奏の機会を貰ってもよいでしょう。
しかし、プロとして演奏する機会は子供達(音大生を含めても)には、ありません。
もし、「プロになりたい。」と願うのであれば、そういった機会を作ってあげられればよいのですが、プロが活躍する現場には、アマチュアは参加出来ないのです。勿論、当然の事ですがね。
ましてや、音楽教室の子供達がプロの世界に行って、演奏するというチャンスはある分けはありません。

そこで、業界通の教室の「音人の会」の榊原さんや、色々な芦塚先生のお知り合いの方達に声を掛けて、「子供達が演奏出来るという可能性はないのか?」とお願いしました。
本当は、榊原さんの会社を通じて、コマーシャルやその他のマスコミにも彼女を売り込んでくれるようにお願いしていたところなのですがね。


一般社会では、勿論、中学生や高校生、或いは音大生でも、プロでない限り、基本はプロ活動は「No!」で、NGです。

だから、大崎にしても、八千代にしても、業者からの依頼は、子供達へ、ではなく、プロとして活動をしている教室の先生達へのオファーなのです。

しかし、そこで芦塚先生が主催者に無理なお願いをして、主催者側から「プロとしての参加なら、子供でもOKです。」との回答を強引に引き出したのですよ。

で、生徒達や先生達の頑張りで、主催者の信頼を勝ち取る事が出来て、これまでの演奏活動は全てリピートのかかる仕事になって、社会的な信頼を得る事が出来たのです。

つまり、大崎でも、八千代でも、その音楽の演奏の水準が一番大切な要素になるのです。

八千代を企画した当初の理由は、「音楽の方に進みたい」という希望がある二人の専科生の為に企画しました。

発表会が子供達にマンネリ化して、本当に音楽に真摯に向かうという姿勢が希薄になってきたような気がしたからです。

対外出演という厳しい条件の元で、ちゃんと勉強すれば、音楽のプロへの道は自ずから出来て来ますし、後輩達も必然的に引っ張られていって上手くなるし、発表会のように、ただ、「お上手ね!」という評価ではなく、本当の意味で、音楽が人を感動させる勉強であるという事も理解してもらえるからです。

ましてや、音楽のプロを目指すのならば、一日も早く一般の人達の前で演奏して、客観的な評価を早めに受ける事が、プロになるための一番の早道なのだからです。

学校等でも、コンクール等で水準を上げようとしていますが、所詮は、学校教育の世界という井戸の中の話なのです。

外の、プロの世界にはほど遠い。

でも、「子供が参加しても構わない!」という現場には、当然、必ず、「但し書き」が入ります。

「但し、プロとして演奏出来るのならば・・」という前提です。

必要最低限のプロとしてのNiveauは必ずキープしなければ、現場で演奏する事は、その人やその団体は、未来永劫二度と出来ません。

しかし、この厳しさは別に、子供でも大人でも、ましてや音楽の世界に限った話ではありません。

バレリーナや新体操を目指す人達も、劇団東配のように演劇を目指す子供達も皆同じ努力をしているのです。

勿論、市や県単位で数えると、そういった一芸を目指す人は、そんなに人数はいないかもしれません。

でも、日本という単位で考えると、或いは同じ年齢の子供という事で、世界という単位で考えると、一生懸命な努力を続けている人達は、それこそ無数にいるのです。

ましてや、特定の音楽と限った分野でなく、考えると本当にたくさんの人達がその努力を続けているのです。

そこは厳しい世界なのです。

これからのお話は、そういった、プロという一芸を目指す子供達という前提条件の上でのお話として聞いてください。

秋のコンサートと八千代のコンサート

通常、発表会は春(夏)のコンサートから秋(冬)のコンサートへのintervalは、とても短いのは常です。

という事で、この30年来、期間の短い冬の合宿に対して、夏の合宿や夏休みの特訓でその練習不足を補って、秋(冬)の発表会に向けて頑張って来ました。

しかし、今回に限っては、そのリーダーの二人が、一人は塾の都合で、もう一人は音楽のサマーキャンプに出席して、教室の夏休みの練習に参加しなかったので、中1以下の後輩達の、完全な自主練習になってしまいました。

という事で、夏休み明けの第一回目のオケ練習の時に、芦塚先生はその出来映えにびっくりしてしまい、主催者の八千代市に、秋のコンサートの中止を申し出て、お願いして見ようか・・・・、と悩んだそうです。

しかし、八千代のコンサートは、市の公的な行事としての企画なので、1年前にその日程は決定しています。

  という事で、幾ら8月末でも、結果的にはドタキャンになってしまうのです。

  正式には1年前に、出演するか否かの打診があった時に、正式に断らなければならないのです。

また、芦塚先生が八千代のコンサートをキャンセルしなかったもう一つの理由は、夏休みの練習を欠席したのは、リーダーの二人だけで、後輩の中学生や小学生の生徒達は、熱心に夏休み中も自分達で積極的に練習に励んでいたからです。

その子供達の努力を、何とかサポートしてあげたい、という事で、夏休み明けのcheckで、演奏会のNiveau(水準)に辿り付けなかったので、何とか芦塚先生が、必死に指導して、皆も頑張って、コンサートのNiveauに辿り付けるように努力をしようという事になりました。

所が、所が、です!!!

次に起こったハプニングは、子供達の故障(所謂、怪我)です。

何と、12名か13名しかいない子供達の4人までもが どう言う分けか、骨折等の怪我で、ヴァイオリンやチェロを練習出来なくなってしまいました。

その内の何名かは、八千代の本番当日にも、怪我が治らず、間に合いません。

オケは、各パートの人数のバランスで、演奏の良し悪しが決まるので、人が怪我で抜けた分は、教室の卒業生のお姉さん達が、何とか仕事や大学の勉強で忙しい中、都合をつけて貰って、本番に演奏に来て貰うしかありません。

その手配に追われている最中に、最終的にダメ押しのドタキャンで、教室のトップ・プレーヤーの生徒から、11月の1日の日に、23日の八千代の本番は、学校の部活のオケのリハーサルとダブったので、出演できません。」と教室に連絡がありました。

「ひえ〜!!」  教室開設以来の、本番直前の究極の(しかも、ソリストを担当するスター・プレーヤーの)ドタキャンです。

彼女は、八千代のprogramとしては、全てのオケのセカンド・コンマスであり、Vivaldiの秋のconcertosolo、ピアノ・トリオのヴァイオリン、violinsoloの曲等を演奏する予定でしたので、彼女がいなくなると八千代の演奏会のprogram自体が成り立ちません。

普通なら、コンサート自体をキャンセルしなければならない所ですが、しかし、先程もお話したように、八千代のコンサートは、教室の主催の発表会ではなく、八千代市の主催であり、主催者の許可なくコンサートのキャンセルや、programの変更は出来ないのです。

また、Vivaldiの秋やPianotrioは、programのメインの曲で、コンサートの演奏時間は予め決まっているので、今更、彼女の出演する曲だけを割愛する事は出来ません。

という事で、超、超忙しい中で、練習の時間もないのですが、programを変更する事は不可能なので、急遽、斉藤先生に、彼女の代わりの「代奏」をお願いする事になりました。

オケや室内楽も、演奏する人が代わると、曲の細かいタイミングや指揮者の指示自体も変わるので、それを覚え直すのは、ソリストだけではなく、オケのメンバーにとっても、結構、大変な作業なのですがね。

それにもまして、今日も、またまた、高校生が手を骨折してきました。いやぁ〜、こんな事って初めてだよ!

検見川神社に、お祓いにでも行って来た方がいいのでは??

八千代の演奏会が思いやられます。

本当は逃げ出したい感じ??現実逃避??
いや〜!さすがの芦塚先生も、今回は、「またまた、熱が上がりそうだ!」と言っていましたよ。

いやいや、芦塚先生に限っては、それはただの風邪ですよ。

ソリストのドタキャンの申し出の時も、芦塚先生は「そんなの、よく現場ではあるからね。」と、平然としていましたしね。

といって、トスカニーニが、一晩で劇的に世界で有名になった時の話を子供達にしていました。「チャンスというのはね〜…」 だそうです。

東京の発表会の時には、40度近くまで熱が上がって、「後、1分熱が上がったら、救急車を呼ぶか?」というギリギリの処まで言ったそうですがね。

それにしても、いつもいつも驚かされるのは、子供達の態度ですよね。

先輩が教室をやめた瞬間から、先生がその話を一言も口にしてもいないのに、その先輩の事が子供達の話題にも出て来ないのです。「今日は、先輩はいつ来るの?」という、普段何気なく言っている言葉さえ、全く出て来なくなるのですよ。これは不思議だ!昔方、そうだったのだが、いまだに不思議だねぇ〜?

 きっと、子供には未来しか見えていないのだよね。

「昨日の事??そんな昔の事は覚えていない!

「来週のオケ練習??そんな遠い未来の事なんか、分からないわ!!」

昔の、お友達の事はほんの一瞬で忘れてしまう。

あな、恐ろしや、恐ろしや、恐るべき子供達・・・コクトー