ボタンをclickするとまえがきの文章を飛ばして、直接indexのPageに行きます。
2018年9月29日の午前中のcatastropheなのですが、「芦塚先生のお部屋」のhomepage全体が、homepagebuilderの勝手なrenewalで、homepageの書き込みをしている最中にhomepagebuilderのupgradeが突然、はじまって、勝手に、一瞬で、それまでに打ち込んで来たdataの全てが、変になったのです。(・・変になった・・という意味は、PageやそのPageへのlinkは生きていて、冒頭の1Page分ぐらいは、ちゃんと残っているのに、後の文章が『次ページ』というmessageが出て、その次ページをclickしても、「Not
Found」と表示されるだけなのですよ。
「芦塚先生のお部屋」の全てのPageが壊れて、ほとんどの論文や写真、図等、またhomepageのlayoutも、その殆どが消えて無くなってしまいました。
つまり、私の20有余年間の研究が一瞬のone clickで、無くなってしまったのですよ???
これは超、shockです。慌てて、色々とrecoveryを試みたのですが、全てが上手く行きませんでした。
膨大な研究論文のPageが全てぶっ飛んだので、パソコン上に残っているdataや、print outされた紙の原稿等を調べて、復活を試みたのですが、20年以上も掛けて、書き溜めて来た論文なので、おいそれとは復活は出来ず、homepageを元に戻すのは半ば諦めてしまいました。
心の弱い研究者ならば、それが原因で、首でも吊った所なのでしょうが、私も、ご多分に漏れず、失われた膨大な論文のPageを見て、唖然として、二度とhomepageの作業が手に付かなくなってしまいました。
homepageを見ようとはしなくなってしまいました。
(それでも、気が向いた時には、修復作業のdataを集めたり、簡単に修復出来るPageはないのか??・・・と探して見たりはしたのですが・・・)
超、Shockを受けて、なかなか立ち直れなかったので、約、2年半の間、全くhomepageの修復作業が手に付きませんでした。
2020年からのコロナで、ハイツの狭い部屋に幽閉されて、已む無く、仕事と言えばパソコンに向かう事とTeleworkだけになってしまいました。
教室にpianoの生徒が全くいなくなってしまったので、このinventionやsinfoniaのPageを弄る事もなくなってしまって、violinのお話だけを中心に復活作業をしていましたが、久し振りで、inventionのPageを開いて、その大半が失われてしまった事に意気消沈しています。
失われた論文の中でも、一番被害が大きかったのは、このinventionとsinfoniaだったからなのです。
子供達を指導する時に、pointとなる箇所の断片(fragment)の反故をfileに残していたので、それを見るだけでも、当時の文章のapproachは理解出来るハズなのですが、そのfragmentさえ見つからないのです。
困った!!困った!!
(2021年9月12日の日曜日)
ふと、思いついて、Cembaloの部屋のbaroqueのCembaloの楽譜棚を覗いたら、なんと、資料と楽譜と反故が全部、楽譜棚に収まっていたのですよ。
善哉!善哉!!
しかし、この膨大な半世紀にも渡るlessonをして来た時の資料を、どのように、保存して活用するかだよな??
生徒達の行き詰まった箇所のdataは反故として、活用しなければならないのだが、それを分類して分析して行く事は容易ではない。
作業中はパソコンの画面の横に、出しっ放ししなければならないのだが、パソコンの部屋には、もう資料を置くspaceはないぞ??
やはり、部屋が一部屋足りないのだよな??
写真は私の書いた資料だけなので、実際の書物の資料は、この2倍、3倍はあるのでね??
それを置くとなると、てえへんだ!!
このPageがぶっ飛んでしまう前には、このinventionenとsymphonienの解説のPageは、私が指導をした生徒達へのlessonとして、折に触れて残して行って、それをhomepageに収めて来たので、結構、時間を掛けて書き上げて来た論文なので、膨大なPage数になっていたのだよな??
論文として書き上げなければならない文章は、頭の中に残っているので、今回のコロナで、ハイツの自宅に閉じ込められている時間を使って、書き上げるとすれば、全てのinventionとSymphonieを詳しくhomepage上で解説して行く事は、不可能では無いと、思われるのだが、そうすると、何百Pageにもわたる一大論文となってしまって、「誰がそれを読んでくれるだろうか??」という事になってしまうよな。
そう言った膨大な論文を、身近に分かり易くする、唯一無二の解決策としては、You Tubeで私が実際に楽譜を示しながら、解説をする事だろうか??
しかし、人様の前に、雁首を差し出すのが嫌で、作曲家の道を歩んだ私なので、例え、camera越しとは言っても、人様に対して、どれだけお喋りが出来るか、自信は無いのだが、例えばavatarにお喋りをさせて、論文の解説をするのならば、uploadする事は可能かも知れない。
動画の撮影自体は、やぶさかではないのだが、衣装を着るまでが億劫でならないのだよ。
それに撮影が出来る部屋が無いしね??
ハイツの自宅は既に、物置小屋か、ゴミ屋敷状態になっているのでね??
それを避けてのcamera-angleは今の所は無いのだ。部屋を片付けるのに、何年掛かる事やら・・・・
2023年2月2日木曜日
inventionとsymphonienを2018年9月29日のcatastropheでぶっ飛ばした事は、結構traumaになっていて、何度も、原稿を元に戻そうとは思ったのだが、この5年間実際にはchallengeする事は無かった。まあ、それだけ、traumaが酷かったと思ってくれれば良い。昔々のように、子供達にinventionやSinfoniaのlessonをする事があれば、それを機会に・・と思っていたのだが、この10年間、江古田にgrandpianoの置けるlesson室を借りる事も、子供達を指導する事も無かったので、そう言ったChanceを捉える事も無かった。
しかし、何を思ったのか、今年(2023年)の2月の1日から、突然、inventionとSinfoniaのPageを同時に作り始めた。まあ、単なる酔狂としても、良い事には代わりはないので、取り敢えずは由しとしよう。
2023年2月7日火曜日23:30
このinventionとsymphonienのPageは全30曲を復活させなければならないのだが、短期決戦で出来る事ではない。
という事なので、先ずは、step1として、それぞれの曲のTitleとindexを全部、復活させる事にした。
step2では、それぞれのTitleに、譜例の楽譜(演奏譜)を掲載する所迄を先にする事にした。
その理由は、各曲の解説の文章は、或る程度は反故の紙から復活させる事が可能なのだが、それでも、文章自体は失われてしまっていて、譜例の断片が残っているのに過ぎないので、そこから元の論文を類推するのは、大変時間の掛かる難しい作業になるからである。
そういった作業は、殆どendlessの作業になるからである。
恰も、rough layoutのように、未完成の全体を先に作って、必要な人達にはその状態でも或る程度は、勉強の助けになれば良いし、文章を完成させる事は、この所の体調不良もあって、思うように仕事が出来ないので、何時になるかは分からないからである。
2023年2月12日日曜日
2023年の2月の11日の土曜日の深夜には、ハ音記号による(Bachの書いた音部記号の通りの)楽譜を全曲homepage上にuploadが終わった。
しかし、その幾つかは、装飾音や強弱の記号が音源の演奏に反映されないので、理由が分からなくて、修理不能である。
同じ、条件なのに、装飾音が演奏される楽譜と、装飾音も強弱も全く反映されない楽譜がある。困ったものだ。
解決が出来たら、差し替える事にする。
取り敢えずは、stop.1という事で、楽譜をhomepage上にupする事を優先したので、曲毎の解説は、これからのendless作業になる。
必要に迫られた曲から、順不同に書いて行く事にする。
@inventionとは何か??
A係留音の聴き取り(耳を育てる)
B始めてのfuga(fugaとは・・入りと構成の説明)
先ずは、こんな所かな??
Sinfoniaのindexへ飛びます。
何年経っても治らない、日本の複音楽の演奏法に付いて(声部の交差のお話)
Bachの手書きのslurと、Henle版等の誤った解釈に付いて
themaやそのMotivを活かす為の指使い
Clavichordの思い出
「invention」の本来の意味は「発明、発見する」という意味なのですが、もう一つにはinvention形式という意味もあります。
themaに対しする、もう一つのthemaで作曲をする事を、doppel-Kontrapunktと言いますが、
Kontrapunktには、対主題という意味の他に、対位するという意味もあって、混乱を招いています。
さっそく、このInventio第5番は主題に対する、対主題の2つのthemaで作曲されています。
反進行のsyncopationで書かれている・・と解説されている事が多いのですが、実際には、syncopationではなくて、verschobene
Takt(16分音符1個分遅れて演奏される)と言います。
Bachは、inventionやsymphonien、或いは平均律等のfuga等を書く時に、その模範となるsample作品を1番2番で書いています。
inventionenやsymphonienも同様で、1番と2番はその曲集のsampleとなっていて、その構造式を分析する事で、以降の作品の分析を手助けする事が出来るようにしているのです。
所謂、inventionの作曲上の基本や、演奏上の基本を1番と2番で説明するのです。
という事で、Inventioの第1番や、Sinfoniaの第1番の形式を、一般的にはinvention形式と呼んでいるのですが、実はinventionと言う意味は、発明、発見する・・という意味も含まれているので、Inventioの形式は、色々な音楽形式で作られているので、inventionのTitleとは、とても矛盾しているのですよ。
Inventioの第2番は、既にCanonの形式で書かれているし、曰く、inventionの形式で書かれている曲の方が少ないのですよ。
そのsampleとなるinvention形式なのですが、私が生徒達にinventionを指導する時には、先ず、その構造式を10色以上の蛍光ペンを使って、Motivの構造分析をするのだが、その出来上がりのsampleの楽譜を紛失してしまった。
12の小preludeに拠るCembalo奏法の手引に、構造式の分析例として、sampleとしてinventionの1番を掲載していたので、参考までに、そのPageを転載する事にします。
一番簡単なapproachとして、themaとthemaの転回形をforteで、MotivをPianoで弾く事をお勧めする。
thematisch-Analyseがどこまで実際の演奏に応用出来るかの問題である。
invention 1番C Dur thematisch-Analyseへのapproach 右の文字をclickすると、You Tubeの音源で再生します。曲のimageに合わせて、その都度、楽器を変えて、再生しています。
このInventio第1番は、Pianoのversionで再生します。(You Tubeでの再生なので、外部にlinkします。)
私の古い著書であるCembalo奏法からの抜粋なのだが、scanningして貼り付けているので、パソコンでは見れるのだが、携帯等で閲覧する事は無理なようなので、その内に、パソコンで打ち直します。
それまでは、この状態のままにして起きます。
凡例に対しての補足説明ですが、Kontrapunktとkadenzが同じKで表されるので、紛らわしいので、今はKontrapunktがContrapunktと書かれる事もあるので、対主題のKontrapunktをCとしています。
kadenzの終止句はKのままです。このinventioのもう一つの意味は、Analyseの用語を教える事にあります。
用語として出て来ない単語は逆行形なのですが、転回形も読み方に拠っては、逆行形と同じpassageになってしまうので、未だ使用されていません。
『音楽の捧げ物』では、一つの旋律(楽譜)を一人がそのまま読んで、もう一人は後ろから逆に読んで、美しい音楽の捧げ物のthemaが奏でられるのですが、inventionやSinfoniaでは、そこまでの高度な技術は使用されていません。初心者を対象としている教本なので当たり前と言ったら、当然の事なのですがね??
21小節目のkadenzのfinger pedalを書いて起きます。
私は音楽大学時代からcantataに興味を持って、音大1年生の頃からorchestraを組んで、BachやHandelやイギリスの作曲家達のcantataを大学祭等で公開演奏をしていた。
大学主催ではなくて、私の個人のorchestraなのだが、continuoやCembalo、後は歌の指導等は外人教授達が指導していた。不思議な話だよ。
それで昭和40年代の大学の学生時代は、結構baroqueの専門的な勉強が出来たと自負している。
留学から帰国して、機会があって、子供達のconcoursを聴きに行ったのだが、そこで課題曲のBachを弾く生徒達を目にして、耳を疑ったね??
何故ならば、本選から全国大会に出場出来る合格者の大半の生徒達がlegato奏法が全く出来ず、pedalを半分踏み込む、所謂、誤魔化しpedalで演奏していて、それで全国に入賞出来たからだ。
ちゃんとした、legatissimo奏法が出来ていた生徒は、残念ながら一人もいなかったのだよ。
それから半世紀にもなるのだが、お久し振りに子供のBachのPianoの演奏を聴く機会を得た。
如何に何でも半世紀にもなるのだから、今更、誤魔化しpedalで弾く生徒達は、皆無であろうと思ったのが、浅はかであった。
未だに、誰一人として、Bachのlegato奏法が出来る生徒は皆無のままだったのだよ。
いやあ、miserableである。
已むを得ず、legatissimo奏法の練習法と、その記譜をここにuploadしておく。
あいも変わらず、Bach等の複音楽の演奏法は、100年前のままであるか・・・それよりも、もっと酷くなっているのだよな??
声部の独立や、ornamentの演奏法も、articulationも半世紀前の私が留学以前と何も変わっていない。
これが日本の音楽界の現状だなや??
呆れてしまうのだよ。
せめて、せめて、inventionとSinfoniaぐらいは正しく指導して欲しいのだがね〜ぇ??
それも、半世紀も前から言い続けている事なのだけどね〜ぇ??日本の大学の先生は何をもって大学の先生というのかね??
legatissimo奏法はOrgan奏法とも言われるので、organistならば当然、legatissimo奏法は出来ると思われガチなのだが、Pipeorganのacousticは教会に拠ってそれぞれなので、自分の所属する教会のacousticに拠るlegato奏法が一般的なのだ。特に教会ではacousticが多すぎる場合が多いので、legato奏法が全く出来ないorganistも数多く居る。
organistがCembaloを演奏する時等にボロが出てしまう事がある。
legato奏法がその効果を発揮するのは、遅めの流れるような曲であろう。
inventionで言えば、U番のc mollや\番のf moll、?番のg mollであろうか??
3声体のSinfoniaにしても然りである。
1番のC Durは当然として、9番のf mollは秀逸である。
legato奏法は、耳を慣らす練習に尽きる。その基本は、鍵盤が次の音に移動した瞬間に音が切れないようにする事である。
現代のPianoの奏法は、jazz奏法やpopularの奏法の影響が大きいので、音を立ち上げる為に、粒粒を切ってleggieroで弾く傾向がある。
forte-piano時代のleggiero奏法と間違われる事も多いのだが、根本的に奏法が違うので、別の奏法になる。
Classic、特にロマン派の演奏はClara Schumannを引き合いに出す必要も無いだろうが、legatissimo奏法が主体である。私はCzerny奏法であるleggiero奏法(Mozart奏法)とcramer奏法であるlegato奏法の奏き分けを学んだ。
今はその奏き分けが出来る演奏家は少ないようである。
特にBachの弾き方は酷い??
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
imageは簡単である。layer1よりもlayer2が16分音符遅れて演奏しているだけであるから。
しかし、これではベタつきが酷いので、実際には,間に単音が聴こえるようにして、次のように、この倍速の練習をすると良い。
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
Cembaloを演奏する時に、鍵盤から出るnoiseを防ぐ方法
Eta Harich-SchneiderのCembalo奏法より
Pianoに限らず、鍵盤楽器では鍵盤を底まで打つのは意味が無い。Pianoでも鍵盤が底に達する直前にhammerは弦を打弦している。
ましてや、音が非常に弱いCembaloやClavichord等では鍵盤の音が強すぎて、弦の音が聞こえなくなってしまう。
という事で、鍵盤が底まで打弦される直前に鍵盤をstopさせる。中空で鍵盤を止めるtouchを練習するのだ。弦を引っ掻く瞬間迄は速い速度で打鍵されなければならないのだが、引っ掻いた後の瞬間に鍵盤を止めるとOhne
Begleitungのnoiseは発生しないので、非常にclearな音が響く。それがCembalo奏法のtouchである。
上記の楽譜に使用されているthema(主題)とそのthemaがどのように、変化させられて、このinventioの中で使用されているのかを知るために、その展開されたthemaとMotivを知っておく必要があります。
それが次の一覧になります。
元々は、生徒の前で説明をしながら、蛍光ペンで色分けをして見せるのですが、蛍光ペンが文字にしか反映されないので、已む無く枠組みだけになりました。
1個の音符さえも、無駄なく、themaと対主題から引き出されているのが、これで視覚的に良く理解出来ると思います。
themaがどの様に有効に使用されているのかを分析するのが、thematische-Analyseと言います。
それに対して、どのような構造(音楽の形式)で作られているのかを分析するのが構造分析といいます。
構造分析の第一歩は、その楽曲がどの様に構成されているのかを知る必要があるのですが、それはkadenz(終止句)を探す事で容易に見つける事が出来ます。
上の楽譜の例では灰色の枠に囲まれた部分です。
inventionというのは、元々は「発明する」「発見する」と言う意味なので、特に音楽形式は無い・・と言われているようなのですが、それは音楽の種類が数多くの形式で作曲されているので、音楽形式が無いように見受けられるだけであって、それぞれの曲はそれぞれの形式に従って作曲されています。
その中でも当然、一番多いのがinvention形式とされる形式です。
Bachは、sampleとなる曲を最初に持って来るのが恒だったので、当然このinventionやSinfoniaも1番、2番の曲は教科書的作品になっています。
教科書と言えば、私達が、対位法の勉強をして、最後の課題として出されるのがinventionの作曲である。
時間も小一時間程に区切られた中で、試験として三部形式のinventionを作らされた記憶がある。
inventio第1番の構造式(形式)である。
当然、3部構成の形式で作曲されている。
次に凡例を提示する。
凡例はこの曲に登場する分析用語の一覧でもある。
themaに対して、そのthemaの一部を使用して派生した断片をMotivと言う。この曲のthemaは大きく前半部のMotiv(音階進行)と後半部のMotiv(3度進行)に分かれる。
Kontrapunkt(対主題)とは主題に対して付けられた(伴奏形のような)副次的themaである。主題に対して付けられた・・という意味での対主題である。
kadenzは多くの意味を持つ言葉であるが、Analyse用語としては終止を表す終止句を指す。終止のための音型なので、特に特定の型を持つ分けではない。
構造式の上の数字は小節数である。
第一部は6小節で、第二部は8小節で、第三部は、また8小節である。
しかし、最後の2小節はT度の和音の第一転回形の不完全終止で終わる、所謂、trick終止であり、そこから本終止へのCoda(付け足し=終わりの確認)なので、実際は6小節にCodaの2小節となる。
第一部 6小節
第二部 8小節
第三部 6小節+2小節で、一部や二部との絶妙なbalanceを取っている。本来ならば6小節、8小節、8小節と下膨れのbalanceなのだが、第三部を6小節+Codaとして、6,8,6とsymmetryの構造式にしているのは、流石である。
且つ又、一部と二部ではthemaの入りが逆になっているのが分かる。これはfugaの形式でも同じである。しかも、三部の入りでは、themaが転回形で入って来るのも印象的である。
それぞれの小節が同じにならないように、各部間のthemaを変化させているのが分かる。
「J.S.Bachのinventionenとsymphonienは、polyphony(複音楽)の音楽として作曲されている。」・・・と言ったら、「何を、今更・・」と言われそうなのだが、ところが実際にはそんな単純な話ではない。
或る時、私が指導している中学生の女の子の生徒から(私の生徒・・って簡単に書かないのは、担当の先生がいて、私は月一のlessonをするだけだからです。)、「友達のピアノの演奏を聴いて欲しい。」と頼まれた事がある。
某国立の音楽大学のピアノ科を目指して、その大学の先生に小学生の時から師事しているらしいのだが、「Sinfoniaの練習がどうも上手く行かないので、一度聴いて欲しい。」という事であった。
その子にとっては、「友達の、趣味で通っている巷の音楽教室のピアノの先生」・・という事で、親を介した正式なlessonの話ではなく、もっと子供同士の感覚の「お気楽」な話としての、「アドバイスの一つ、二つも貰えればいいのかな??」ぐらい気分での相談であった。
・・というよりも、「あたい、頑張ってんのよ!凄い上手でしょう!??」って、褒めて貰いたかったのが本音かな??
そのために、「lessonとして来るのではないのだから、別に時間を作るのではなければ、構わないよ??」 と,こちらもお気楽にその相談を受け流した。
某国立音楽大学を受験するために、小学校入学以前から、受験勉強として音楽を学んでいる中学生のピアノの水準(level)というものに、「どれぐらい、上手なのだろう??」と、ワクワクとした期待を持った事も、一つの理由なのだからね。
しかし、それと同時に、「中学生3年生でSinfonia??」「それって、国立の音楽大学の受験としてのcurriculumとしては、チョッと遅れ過ぎではないの??」と、私の生徒に聞いたのだが、その先生は、「(curriculum的には)問題はないとして、指導している」・・という事で、「ふ〜ん??」と受け流した。
まあ、音楽は、ドリルではないのだから、Sinfoniaへのapproachの水準(内容)がそのlevelに達していれば、教材が何であろうと、「遅れている」・・という事はないのだから・・・。
つまり、一般の音楽教室によく見受けられる用に、教材のlevelだけを上げて、幾ら難しい曲を勉強していても、内容が伴わなければ、それは意味はないのだからね???
さて、実際にその生徒が教室に来て、Sinfoniaを弾いてくれて、驚いたね!??
内容が伴わない・・どころではなかったね!??
一応、弾いてはいるのだが、「声部の受け渡し」が全く出来ていないのだよ。
しかも、その事を注意しても、彼女は、lessonで、そいう事について、一度も、注意を受けた事もないらしい。
交差のpassageを2声部で、説明して、弾き方も説明をしたのだが、全く理解出来なかった。
それを見ていた教室の生徒であるお友達も、あまりのことに、ポカンとしていたよ。
国立音楽大学の先生に師事しているのだから、相当上手だと思っていたらしいのだけど、呆れてしまったのだよね〜ぇ??
勿論、子供の所為ではないよ。
それは、指導者の指導力の問題だよな?
勿論、inventionにも、初歩的な「声部の交差」は出て来るのだが、3声ともなると、第一曲目から、非常に頻繁に、声部の交差が出て来るようになる。
声部の交差とは言えないのかも知れないのだけど、同じ鍵盤を抑えるのも、「声部の交差」に含まれます。
2段鍵盤の場合には、鍵盤が上鍵盤と下鍵盤に分かれるので、この場合は「声部の交差」にはなりません。
nventionの第2番の18小節目の声部の交差の例:
symphonienの第1番の声部の交差の例:
内声のpartを赤の色にしてみた。altoのpartが、sopranoのpartを越して行くのがよく分かる。18小節目のaltoのFのTieの音を忘れがちである。altoのpartは、17小節目からA⇒G⇒Fと音階進行をしているので、このFのTieの音は重要な音である。
同様に、10小節目の実際の弾き方を表示してみた。
T17小節目からよく見受けられる間違えた弾き方を掲載しておく。(上記の譜例が次のように弾かれてしまう)
一見すると「まさか?」と思われるかも知れないのだが、実際には
左手が16分音符で動いていて、音の跳躍も見られるので、どうしても右手の
動きに集中する事が出来なくなってしまって、本人はちゃんと弾いているつもりでも実際には、左の譜面のようになっているのですよ。
指導者も音の係留した非和声音をしっかりと聴き取るようにしなければなりません。
右手の動きにもちゃんと、集中出来るように、左手が自然に動くようにしなければなりません。
まあ、指導者の問題かな??
次の課題は、10小節目の音の重なり合う動きの演奏の仕方です。
声部の交差ではなく、同度を演奏するのだけど、altoとBasのpartだけを両手で抜き出して、演奏して、複雑な音の重なりを聴き取る練習をしなければならない。
このpolyphonicな音を覚えるのは結構難しい。
Keyboard等でOrganの音色で勉強するのが好ましいのだよ。
inventionは、そのbaroque時代のCembaloやオルガンのための、polyphony(複音楽)の奏法を教えるための、教材なのだよ。
Bachが書き示したpolyphonyの書法でもっとも分かり易く、顕著な例とすると、Sinfoniaの12番のA Durを例に取る事が出来る。
特に取り上げる箇所は、5小節目と、24小節目のpassageである。
facsimile譜は、Bachの直筆譜である。
この5小節目と24小節目で、よく見受ける誤った弾き方の例である。
この5小節目のpassageを複音楽的に書くと次のようになる。
同様に24小節目のpassageもこの様に書かれているのだ。
また、16小節目から18小節目への声部の交差は素晴らしい。
しかし、そのpassageは、次のように弾かれてしまう事が多いのだ。
Pianoを練習する方法では、楽屋内の練習法なのだが、Glenn Gouldは、その楽屋内の演奏法で、聴き取り難い繋留された音を聴こえるようにするために、次のように際立つstaccatoを入れて、持続する音を強調して奏している。
下の楽譜をclickするとYou Tubeで音が再生されます。
こういった演奏法は練習法としては、楽屋内で知られている奏法なのだが、それを一般人に向けての演奏法としたのはGlenn Gouldの功績(??)である。
ところが、その某国立音楽大学の先生に学んでいる生徒は、「声部の交差」という複音楽特有の言葉すら、知らなかったのだよ!?
言葉を知らない・・という事は、当然、声部が交差して動くという意味すら分かっていなかったのだよ。
見れば分かりそうなものなのだが、知らなければ分からない・・というのは当然かもしれないのだがね。
日本には国立に対しての、絶大な信頼があるのだが、某国立の音楽大学の先生というのは、そのlevelなのかい??と知って、改めて、呆れたね??
権威もへったくれもあったもんでは無いよな??
それで、某国立音楽大学の先生がよく勤まるもんだ??
呆れてしまった。
勿論、某国立音楽大学の先生ですら、そのlevelなのだから、一般の音楽大学の先生達のlevelと言えば、語るに落ちる話なのだよな??
だから、日本の権威的なconcoursですら、誤魔化しpedalの演奏が罷り通るのだよ??
ああ、miserable???
私は、昔々には、音楽大学の受験を目指す生徒達には、Bachのinventionや、Sinfoniaを指導するようになった時には、生徒の必須の楽器として、必ずOrganの音がするKeyboardを買わせていた。
声部の音の繋がりとそれぞれの声部の交差を正確に聞き取る耳のTrainingをするためである。
inventionの練習では、他の生徒と2台のPianoで、それぞれ別のpartを演奏させて、articulationをしっかりと把握させた。
次のSinfoniaでは1声部を他の生徒が弾いて、その生徒が2声部を弾く練習をした。声部の独立を意識させるためである。
そう言った練習を積み重ねるとinventionやSinfoniaは決して難しい曲ではない。
非常に良い耳の訓練にもなるのだよ。
Bachで声部の交差を知らんければ、Bachを弾く意味は無いのだがね??
ここまでが紛失する以前の文章で、これ以降の文章は、紛失した後で、新たに書き加えられた文章です。
次の曲がoctaveのCanonである事は、当然なのですが、それよりもより問題なのは装飾音の意味です。
強拍を表すtrillやmordent、長いtrill等が出て来ます。trillは必ず上から掛けるようにしてください。(何故、上からtrillを掛けるか??というを説明する事は、和声学上の規則に拠るのですが、そこを説明すると難しくなるので、今回は割愛して起きます。)
2小節目、(左手4小節目)の一番簡単なtrillの例です。右手の3拍目の短いtrillは、強拍を表す為のaccent-trillです。(Pianoの場合でも、素速く強めに弾いても構わないのですが、素早い動きが、もう既にaccentの強拍を表しているので、それ以上、音自体を強くする事は、不自然です。
、
次の譜例ではthemaが、octaveのCanonとして、追いかけっこをする様子を色鉛筆で書き表したのですが、実際のlessonでは蛍光ペンを使って、もっと分かり易く書いています。
パソコンでは画像に対しての蛍光ペンでのmaskingが出来ないので、已む無く、色鉛筆に寄る四角の枠で書いています。(見難いよね??)
下の楽譜をclickするとYou Tubeの音源にlinkします。
「声部の交差」
声部の交差は右手と左手が鍵盤上で上下が入れ替わる事を言うのだが、このInventio第2番の場合には、両手の音が重なってしまう・・という箇所が2箇所ある。
この音の重なりも、一応、「声部の交差」になる。
1番目は13小節目の3拍目の左手の短いtrillerである。
右手がthemaを弾いている時に、左手のtrillを入れるのは、結構難しい。
次の箇所は19小節目の1拍目のファの音の重なりである。
両手の親指が重なってしまうので、どちらかを括弧括りにしてある版が多いのだが、音の繋がり・・という意味で、私の場合には、両手の親指は同じ鍵盤上で演奏させている。
2段鍵盤の場合には、この問題は生じ無いのだけどね??
このinventioはoctaveのCanonで出来ているので、右手がA⇒B⇒C⇒D⇒E⇒Fと展開すると、左手がそれを追っかけて行く形を取るのだが、所謂、有名な3声の同度のCanonであるJohann
Pachelbelの有名なCanon同様に、無限Canonとなっている。
当然、曲を終わらせるためには終止句が必要で、このinventioの場合には、事実上は11小節目でCanonは終わって、左手は冒頭のCanonのthemaのrefrainである。
themaが左手から始まって、繰り返されるのだ。正式に終止をするのは12小節目から13小節目の頭の音である。
つまり、13小節目から後半から同じCanonが繰り返される分けなのだが、実際には、11小節目からthemaが繰り返される。前半部の右手先行から、後半部は左手先行として再びCanonが始まって、23小節目からは、チョッと長めのCodaとなる。
形式的には、13小節目の頭の音で、前半部と後半部が分かれるのだが、実際上には、11小節目から後半部のthemaが開始されているので、前半10小節と後半22小節目まで、となっているのだが、本来的な終止句は、12小節目で13小節目の頭からなので、後半部も10小節である。
Codaの追加された5小節は、右手から左手とthemaが繰り返されて終わる。
Canonを入れ替えるために、自由なpassage(対旋律=Kontrapunkt)を作曲するのだが、Bachらしく、使用してきたMotivを使って、その対旋律を作っている。
その第一部の終止句は11小節目から12小節目の右手の動きであって、第二部のthemaの開始のmelodieは、左手に属調であるg mollで始まっている。
後半部は21小節目から22小節目までのkadenzを伴う展開部を思わせる動きと、
25小節目からのthemaの思い出となる終止の纏めのphraseである。
それ等を表にすると下のようになる。構造式は右手と左手の入れ替わった単純な2部構成にCodaがプラスされた形に成る。
第一部 | A | B | C | D |
E | F | 11小節迄 (13小節) |
A | B | C | D | E | |||
第二部 | Motiv と kadenz |
A | B | C | D | Motiv と dの後半部 |
11小節から 23小節目迄 (13小節) |
A | B |
C |
D | E | dの後半部と kadenz |
||
Coda | A | B+kadenz | 終止音 | 23小節目から 27小節目迄 (5小節) |
|||
B | A+kadenz | 終止音 |
Inventio第3番の演奏譜です。
左側の楽譜をclickするとYou Tubeで演奏を聴く事が出来ます。
実際の譜面では、装飾音で書かれている箇所が演奏譜として、音符で書かれているので、装飾音の弾き方が、色々と今のinterpretationとは違う所があって、混乱を招くかも知れませんよね??
装飾音を学ぶ時に、先ず最初に学ぶ装飾音が、多分「trill」なのでしょうが、日本の音楽教育では、装飾音を弾く時には、「短く、速く、鋭く、強く」弾かせる事が、一般的なのでしょうが、baroque時代の装飾音の演奏法は、そんなに単純なものではありません。
その一例としての「trill」なのですが、その本来の意味は無数にあるのです。
先ずは、第一に、「trill」には、短いtrillと、長いtrillがあります。
最初の短い8分音符や16分音符の上に付けられた、所謂、「短いtrill」には、曲を演奏する上での、articulationとしての役割で、強拍を表わす速いtrillと、逆に弱拍を表すゆっくりとしたtrillがあります。
しかも、弱拍を表すゆっくりとしたtrillには、前からの音をtieで響き込ませて、拍頭の音を、timingをズラして弾く、所謂、pralltrillerと呼ばれる特殊なtrill(弱拍を表すためのtrill)さえあるのですよ。
私が子供達を指導していた頃には、inventionの第1番の指導をする時に、先ずはこの短いtrillを、強拍を表すtrillと、ゆっくりとしたtrillの奏き分けを蛍光ペンで色分けする所から始めました。(勿論、pralltrillerも・・・)
更に、このゆっくりとしたtrillを複雑にしているのは、曲の終わり(或いは、phraseの終わり)を表す終止句(kadenz)に付けられたtrillなのです。
proのCembalistの演奏を聴くと、終止句でのtrillは、小節内の音符の数が合わない事が良くあります。
つまり、曲が終止の為に、ritardandoされるので、音符の数が増えてしまうのです。
しかし、残念ながらnotationのsoftであるfinaleには、そう言った表記を表す機能はありません。
1小節の中に、自由に音符を入れる・・という機能はあるのですが、いざ、それを演奏させてみると、kadenzのように、或いはepisodeのように、素速く演奏されてしまうので、終止句の演奏には向きません。
という事で、今回は最後の小節だけを拍子を増やして、ritardandoで辻褄を付けて演奏させています。
勿論、苦肉の策なのですがね??
しかし、trillの役割で、一番、一般的に知られているのは、音の持続を表す長いtrillなのでは、ないでしょうかね??
単純な、音の持続を表す同じbeatのtrillは、日本でも知られていて、一般的なのですが、しかし、本当には、長いtrillには、持続した音がcrescendoされるcrescendoのtrillや、反対に、decrescendoを表すtrillがあります。
勿論、それ等のtrillは、組み合わされて、音の「膨らまし」を表す「膨らまし」のtrill等として演奏される事が多いのですが、日本では、100年以上も昔々のCzernyやBusoni等が楽譜に書いた、均等なbeatに寄るtrillを、今、こんにちでも演奏させているのが普通なのです。
その根拠は、この文章の下に掲載した、Bachが息子のWilhelm Friedemann Bachの為に書いた装飾音の一覧表に拠るのですが、それはFriedemannがCembaloを学び始めた頃に、装飾音の演奏法として、sampleとして書き与えた物に過ぎないのです。
つまり、Cembaloを学び始めた子供が、装飾音のlesson-oneとして、一覧表を見ながら演奏の練習が出来るように、装飾音の最初の「手解き」としてBachが書き与えた装飾音の一覧表に過ぎないのですよ。
だから、当然、・・・と言うか、勿論、FriedemannのCembaloの腕が上がって、もっと自由な音楽表現としての装飾音を演奏出来るようになった頃には、そのsampleに演奏法を準拠する事は無くなったと思うのが普通の感覚でしょうがね??
Bachが何時までも、自分が初心者向に与えた装飾音の一覧表を後生大事にする生徒を褒めた・・とは思えないのだけどね〜ぇ??
Bachの息子達や、生徒達がinventionやsymphonienを弾き熟すようになった頃には、この装飾音の一覧表に頼る事は、もう既に、卒業しているハズなのですがね〜ぇ??
参考までに:装飾音の一覧表のBach直筆のfacsimileです。
装飾音の一覧表
J.S.BachはFriedemannの為のlesson-oneとして、単純な音階進行の曲に、装飾音を与えて、簡単な曲を作曲をしています。
Applicatioというその装飾音のsample曲は、Cembaloを学び始めたばかりの子供に取っては、超絶に難しい曲になったでしょうが、後世にはCembalistとして名を世に轟かせたFriedemannの最初に学んだ曲になります。
このPageの最後に参考までにupして起きました。
音源でも聴く事が出来るようになっています。
文字をclickすると、そのPageに飛びます。
「Applicatio」
下の楽譜をclickするとYou Tubeでこの楽譜の音声を再生します。
話を元に戻して、pralltrillerの例なのですが、例えば、4小節目(auftaktをcountしない正しい小節番号での)の1拍目の短いtrillは前の小節の最後の音がtieになって、4小節目の頭の強拍がtieで強拍のaccentが柔わらげられて演奏されます。こういった小節の拍頭に付いた短いtrillで、優しい弱拍を表す演奏法をpralltrillerと呼びます。Bachの時代よりも、rococoの時代にCouperin等の作曲家達に拠って、非常に効果的に使用されて、Cembaloの演奏表現上、重要な役割をした演奏法です。
写真(facsimile)では分かり難いので、Henle版の楽譜を参照にします。
上記の楽譜を見て、分かるように、このphraseで問題を引き起こしているのは、4小節目の2拍目に付けられた長前打音(所謂、appoggiatura)lなのですが、その長前打音に拠って、4度のparallelの進行が起きているのです。
4度のparallel自体は、和声学上は禁則にはならないのですが、実際に音で聴くと非常に気持が悪い響きがします。
今回の私の演奏譜では、3小節目の最後の音のtieからpralltrillerで響き込ませて、4度のparallelのtimingをズラせて、平行の4度が聴こえないように、rhythmが変更されています。
11小節目のkadenzのornamentは結構、複雑な動きをしているように見えますが、これは普通の演奏を音符に直すと、こんな結構、複雑な表記になってしまうのです。
次は、trillと言うと、こんにちでは長いtrillerを意味するようなのですが、その長いtrillerは、一般的には、同じbeatのrhythmで演奏されるようなのですが、baroque時代やrococoの時代には、不均等なbeatで演奏される事の方が一般的だったのです。
均等なrhythmで単純に演奏する事は、初心者の為せる技である・・とされていました。
不均等なtrillerの演奏の仕方は、単音の膨らまし(crescendoとdecrescendo)を表すゆっくりとしたtrillから、速いtrillになって、また、ゆっくりとしたtrillで終わるというtrillの「膨らまし」をするのが一般的でした。
こういった不均等な演奏法は、baroque時代やrococo時代では、当たり前の奏法でした。
不均等なrhythm・・と言えば、最後のkadenz、所謂、58小節目のtrillは、ritardandoのpassageなので、trillの数が、拍内に収まり切れないので、あたかも無拍子のような感じになっています。
beatが段々と遅くなって音符の数も増えてしまうので、自然にritardandoをして演奏すると、beatが拍内に収まらないからです。
Couperin等のRococoの作曲家のRondo等の、回帰するthemaの最後が、結構、細かな音符で書かれていて、rhythm通りに演奏すると、最後のkadenzなのに、拍内に収める為に、非常に速く弾かなければならず、とても不自然な演奏を良く耳にします。
譜例:Couperin Soeur Moniqueより
finaleの馬鹿がauftaktの小節をcountしているので、1小節多くcountされています。
勿論、最初の入力の時には、auftaktを設定していたので、auftaktは小節にはcountされていませんでした。
装飾音を実音に直した時に、layoutが更新されて、auftaktが自動的にcountされるようになってしまったのです。表示画面はauftaktのままなのですが、小節間のsizeは最早、auftaktの幅ではありません。
countを元に戻すには、設定からやり直しダナや??
それが、超、面倒くさいのだよ。勿論、finaleの楽譜を直すのは簡単なのだけど、それをまた、homepage上で画像に反映させる迄にはね〜ぇ??
4小節目のtrillはtrillではなくて、pralltriller(弱拍のtrill)です。trillとpralltrillerは全く意味が異なっているので、気を付けてください。
Bachの手書きのslurの例:
Bachのfacsimileの譜面には、slurが書かれているのだが、Bachが書いたslurと、他の時期に誰かの手に拠って、書かれたのかを判断する事は、facsimileでしか出来ないので、出版されているslurに関しては、確実にBachのslurである・・とは言えないのが、interpretationをより困難にしている。Bach自身が後に、子供の指導のために、書き加えたものや、Anna Magdalenaが浄書をして書いた楽譜もあるからである。
また、結構、後世の人達が書き加えたslurのversionもあるからである。
また、明らかにBachが書いたslurであったとしても、左(上記)の写真を見ても理解出来るように、羽ペンの特徴で、その始まりと終わりが曖昧であることは否めない事実である。
若し、こんにち我々がslurを付けるとすれば、一般的には、次のように付けると思うのだが、Bachのfacsimileでは、1:5のphraseになっている。
何故、Bachはこのような不可解なslurを付けたのだろうか??
Henle版の譜例:
左の楽譜は、こんにち、一番権威のあるorthodoxな解釈であると思われる、『Henle版のUrtextAusgabe(原典版)』の解釈である。
inventionを勉強する人達に取っては、このinventionに書かれているslurは不思議なslurであって、羽Penの特徴でslurがいい加減に書かれているのだ・・と誤解されて、解釈されていました。
という事で、世界的な権威の版であるHenle版ですら下のようなslurに、訂正されて書かれていました。
slurを小節の冒頭の音から、最後の音まで、一塊としてslurを付けているのだが、facsimileとは明らかに違っていて、原典版とは呼べたものではない。
Bachの筆跡を無視した、明らかに、一昔前の誤った解釈である。
この誤った解釈は、Bachが付けたslurの意味が全く分かっていないのだよね??
100年以上も昔々のinterpretationなので、致し方はないのだろうが、Pianoの研究者がPianoという楽器でしか物事を考えない・・という事で、犯した誤りなのだよ。
それが100年以上も経ったこんにちでも踏襲されているのは、無知にしても酷すぎるのだよな??
Bachに対して、失礼だよな〜ぁ??
Pianoを学ぶ多くの人達は、このHenle版のslurに従って演奏しています。
しかし、このslurの掛け方は、全くの間違いで、baroque時代のslurの付け方を知らない人達の時代考証の無い近現代の誤ったslurの付け方なのです。
Bachのinventionの底本は大きく2冊あります。
その1冊は、Anna Magdalenaの写本によるinventionで大変美しい楽譜です。
そのfacsimile版によると、この第3番のslurは次のように書かれています。
譜例参照:
また、もう一冊の実際にBachが息子のWilhelm Friedemann Bachの為に、使用した練習帳でも、Henle版のような、slurは書かれていません。
譜例参照: Wilhelm Friedemann Bachの練習帳より
baroque時代の鍵盤楽器は、Clavichordのような特別な楽器を除いては、鍵盤でforteやPianoの強弱を付けて演奏する事は出来ませんでした。
当然、vibratoやaccent等のarticulationの強弱を付ける事も出来ませんでした。
・・・という事で、そのarticulationやvibratoや、強弱を表したのが、装飾音であったのです。
もう一つのarticulationを困難にした理由は、baroque時代では、演奏する楽器の限定が無かったのです。
baroque時代の出版された楽譜には、Violin、order、flute・・とか、複数の楽器の指定がなされていて、その場にあった楽器で演奏すれば良いというおおらかさであったのです。
当時の楽器では、鍵盤楽器では細かいnuanceを表現する事は不可能だったので、baroque時代から古典派の時代迄の鍵盤楽器のarticulationは弦楽器の表現法を踏襲したものが殆どでした。
また、その逆もStamitz等の作曲家の手に拠って、考案されて、弦楽器の特有の奏法をCembaloやforte-pianoに持って行く時に、弦楽器では意図も簡単な導音連打なのですが、鍵盤楽器では非常に難しい演奏になってしまいます。という事で、Alberti-bassが流行しました。
このBachのinventionの3番でも5小節目から8小節目迄のBasの動きがAlberti-bassになります。
冒頭の6つの音を1:5のslurにするのは、Vivaldi等のConcertoでも、よく見受けられるbowslurです。譜例では1:4の奏法なのですが、この奏法は拍頭にaccentを付けて弾くように思われガチなのですが、実際には、拍頭を軽く弾いて、残りの3拍と同じ強さで弾かれなければなりません。弦楽器の人達に取っても、実際には結構難しいbaroque時代特有の演奏法なのです。
そう言った楽器特有の奏法が、その楽器ではない楽器に対しても、一つの演奏法として共有されたのもbaroque時代の演奏法の面白い所なのです。
VivaldiOpW..2 StravaganzaよりV楽章から、1:3のbowslurの例:
1:3であるからと言っても、こんにち、よく間違えて演奏されるような、1が強拍のaccentを表す分けではない。
それに、この曲はV楽章の非常に速いpassageなので、Metronom-tempoが4分音符が100ぐらいの速度なので、結構速い弓になる。
1:3を均等な音量で出す事は難しいのだよ。
日本人の場合には、このVivaldiのoriginalのbowが出来ないので、4個の音を一纏めにして、演奏している人達が多いのだが、それでは、このarticulation(拍節法)が出ないのだよ。
つまり、日本人の場合には、弓の弓量と強弱が整合してしまうのだよ。
では、弓量と強弱が整合しない例とはどういうものであるか??・・なのだが、Europaの人達が弦楽器を学ぶ時に、初歩の段階で、waltzのbowである2:1のbowを学ぶのだが、waltzのbowでは、下の初心者の教則本であるHohmann教則本の例のように、1拍目の2分音符が強拍で、3拍目の4分音符を弱拍で演奏しなければならない。
日本人の場合には、それが出来なくて、この2:1の1が強くなってしまう。
日本人の場合には3拍子の感覚が国民性として、存在しないので、この3拍子のbowが中々出来ないのだよ。
また、1:3の1が、音の粒を強調する為・・と、誤解した人達に拠って、冒頭のレ、ファ#、ラの音が強く強調して演奏するcaseを時折見受けるのですが、1:3のbowや、1:5のbowslurには、音を強調する意味は、殆ど無いので、それは全くの誤りになります。そう言ったeccentricな演奏はbaroque時代にはありませんでした。調和の取れた演奏がbaroque時代の信条だったのでね??
上のVivaldiの1:3のbowslurですが、教室の生徒達では小学生の低学年の生徒達でも1を強く弾く事はありません。あくまでもnuanceとしての強調に留まります。
その不可解なslurの疑問に答えるのは、至極簡単な事だ。
こんにちの我々から見ると摩訶不思議なslurと思われるかも知れないのだが、実際には、この時代には楽器間のAgogikが曖昧であったからである。
・・と言うか、MozartのPiano・Sonateですら、bowslurが使われているのは良く知られている事なのだよ。
つまり、この不可思議なslurは、単なるbow-slurに過ぎないのだよ。
だから、鍵盤の奏者に取っては摩訶不思議に思われるslurかも知れないのだが、弦楽器奏者に取っては、至極当たり前のslurに過ぎないのだよ。(否、これは語弊がある言い方をしてしまった。弦楽器奏者で、period奏法の出来る奏者・・と限定するべきだったよな??反省して、訂正しておきます。)アハッ?!
つまり、baroque時代特有の1:5のbow-slurになるのだよ。
Ashizuka-versionのinventio第3番
こういったarticulationを表すslurは、baroque時代にはVivaldi等の作曲家も常用していた。
Hohmann教則本の例:Violinを学び始めたばかりの、非常に早い段階で、EuropaのViolinのcurriculumでは、こういった2:1のbowが出てくるのだ。
勿論、Pianoの教則本であるBeyer教則本も同様である。
Beyerでも両手の練習に入る前の段階の片手のvorschuleの段階で、3拍子が登場する。・・・まあ、そうは言っても弦楽器と違って、弓量配分の問題は鍵盤楽器には無いのでね??
2分音符の強拍に対して、4分音符の弱拍を弾かなければならないのだよ。
つまり、1〜2拍はdown-swingであって、3拍目はup-swingとなるので、弓も軽い円を描くようにdown・upと演奏するのだ。勿論、垂直に腰を落として、3拍目でつま先立ちになる。お辞儀をしないように気をつけて・・
そうすると、必然的にwaltzのrhythmに入れるのだが、そういった、弓と音量の関係が日本人の弦楽器奏者の場合には、本能的に・・と言うか、3拍子の体内rhythmが無いのだよ。
速く、軽く・・という、所謂、swingが出来ないのだ。
困った事だ??
ヒップホップダンスは出来ても、waltzが出来ないなんてね〜ぇ??
この曲の場合には、2分音符は重くゆっくりと弓を弾いて、3拍目の4分音符は速く軽く弓を浮かせるように弾く。
勿論、弓を本当に浮かせてしまっては、音が出ないので、あくまでも、imageの問題である。
waltzを踊る時に、3拍目で身体を浮かせるように、swingするのがdanceのコツなのだけど、日本人の場合には、小、中学生の女の子達でも、身体が重たいのよね〜ぇ??
日本には歴史的に3拍子は存在しないので、体感が無いのだよね〜ぇ??
日本人の場合には、3拍目の早い弓で弱拍を奏く事が出来ないのだ。
だから、Vivaldiに限らす、Bachの例でも1:5という弓を均等な音量で弾く事が出来ないのだよ。
つまり、時代を知れば、この不可解と思われるslurも、当たり前のbowslurに過ぎないのだよ。
確かに、Henle版を校訂した100年前のbaroque音楽に対する知識は、見窄らしいものであったのだが、それから、100年も経っているのだよ。
盲目に権威的なHenle版の信者が多いのは、統一教会よりも怖いのだ。
要するに、無知は怖いのだ。
今では、弦楽器奏者に取っても不思議に見えるbowslurなのだが、それは Francois Tourte以降の弓に慣れた現代人の感覚であり、一見すると、不可思議(不合理的)に思えるbow-slurなのだが、baroque‐bowの特性から考えると、当時としては、極々、当たり前の、普通のbow‐slurだったのだよ。
それよりも特筆すべきは次の3小節目の2拍目から3拍目に掛かるslurである。これはmordentに掛かる上行形のpralltrillerとなって、非常に珍しい装飾音になる。(通常はpralltrillerはtrillの音に小節を跨いで掛かるのが普通なのだからである。)一般的にはturnを伴ったmordentとしているのだが、Bachの手書き譜の場合には次のように書くので、全く別の表記であるし、現実的にそれだけの音符が16分音符2個の中に入る事は無い。という事でturnを伴ったmordentというUrtextAusgabeを含めた、殆ど全ての楽譜は演奏不能の間違えた解釈である。
baroque時代の指使いでは、親指を使用しないと一般的には言われていて、今でもそれを忠実に守っている人達がいるのはlacherlichである。
当時はCembaloやClavichordには足台が無いのが一般的で、楽器を演奏する時も、Johannes VermeerのLady Standing at the virginalに見受けられるように、立ったままで演奏する事の方が多かったのだよ。
その場合には親指は鍵盤には届かない場合も多いし、ましてや親指で演奏するのは難しいのだよ。
しかし、baroque時代の当時でも、professionalな音楽家の場合には、楽器は皆、脚付である。
当然座って演奏したのだ。だから、親指を使わない・・という事は当て嵌まらないし、また、親指なしでは弾けない曲が殆どなので、この風評は成り立たない。
但し、Prokofiev等が好んで使用したMotivに拠る指使いをBachも多用したのは、知られている。
phraseの句読点を、演奏で意識して弾くと、ぶつ切れで不自然になってしまう。そこで、指使いで意識をしなくても、自然に句読点が出るような指使いを考慮すると、演奏はとても楽になる。
1番のthemaの前半部はTetrachordで作られているので、当然、1の指から4の指までの指使いで演奏すると、自動的にphraseが出来る。それをphrase−slurと呼ぶ。
上記の譜例にも、もっと詳しく指使い等を書き込んでいるのだが、老婆心ながら、もう一度確認をしておく。
themaの指使いを決定した状態で演奏すると、3小節目の右手から3⇒4の指の進行が起こって、phraseが切れてしまう。
勿論、そういった意図の為のfingeringであって、themaの繰り返し(Motivの繰り返し=Sequenz)を表現するのである。
3⇒4の指は潜らせるのではなくて、平行に移動する。
そうする事に拠って、phrase(この場合は、Motiv)の頭に、軽いaccentが付いて、MotivがSequenzされた事を表す事が出来る。
baroque時代特有のMotivに拠る指使いである。
Cembaloの場合には、黒鍵が交じる事があるので、その都度、配慮が必要なのだが、弦楽器の場合には、鍵盤楽器よりも、このfingeringは有利である。
Vivaldi等のConcerto等でも、Motivの積み重ねで、figurationを作って行くので、この曲と同様のMotivに拠る指使いを見い出す事が出来る。
ProkofievのVisions Fugitivesの独特のfingeringを待たなくても、baroque時代の作曲家達は、Motivに拠るfingeringは、極めて普通のfingeringに過ぎなかったのだよ。
BachはinventionとsinfoniaをClavichordのために書いた・・と言われる。
vibratoも出来るし、小さいながら強弱も付けられるから・・であって、mini-pianoのようなimageを持たれている人が多いのだが、実際のClavichordは、それ程優れた楽器では無く、寧ろensembleの出来ない、不完全な楽器に過ぎない。
Munchenの留学時代に、音出しの出来ない下宿に住んでいた時に、その村の楽器工房で購入したReise‐Clavichord(携帯用Clavichord)をである。
深夜に弾いていても、隣の部屋に音が漏れないのは、便利なのだが、それ以上でもそれ以下でもない。
当然、留学から帰国した時にも日本に携えて来たのだが、「ensembleが出来ない」という事で、Clavichordを欲しがっていたCembalo工房の人に、当時、日本で作られていた東海のspinetと交換して貰った。
子供達を集めてのTrioSonateの練習風景である。練習しているのは、私でCelloを練習している所です。アハッ!
Cembaloを弾いている生徒以外の生徒達は、実は、私の生徒ではありません。
音大時代の後輩達の生徒達なのです。
後ろ姿のfluteを弾いている女の子は唯一の中学生で、Violinを弾いている女の子は小学生です。
Cembaloを弾いている私の生徒も大きいので、中学生ぐらいに見えますが、実は小学5年生です。
音楽教室を作る10年以上も前の、私の数少ない子供の生徒達の一人です。勿論、他の私の生徒もいるのですがね??
ensembleの写真がちょうど無かったので・・
Munchen時代にPlaneggの街で
Cembalo工房のお店から購入した
Reise‐Clavichord(携帯用clavichord)です。
この可愛らしい小品なのだが、構造分析的には、結構、難しいものがある。
全体が6部で構成されていて、それぞれのbalanceがまた、巧妙な仕掛けがあるからなのだ。
それぞれの部に、小節数を追加してみた。
第一部 | thema | Alberti-bass | kadenz⇒A | 12小節 |
第二部 | 12小節目 | 24小節目迄⇒h | 12小節 | |
第三部 | 24小節目より | 38小節目迄⇒A | 14小節 | |
第四部 | 38小節目から | 繋ぎの句 | 43小節目迄⇒D | 6小節 |
第五部 | 43小節目から | reprise(Alberti-bass) | 54小節目迄⇒D | 12小節 |
Coda | 54小節目から | 6小節のCoda | 59小節目迄⇒D | 6小節 |
繋ぎのpassageとCodaは、追記された小節なので、それを省いて見ると、単純な12小節の入り部と第五部からの12小節のrepriseを持った、4部構成である事が分かる。当然、入り部とrepriseには、orgelpunktに相当するAlberti-bassが入っている。(勿論、Organに対して書いた曲ならばorgelpunktを使用したであろうが・・、Cembaloならば、Alberti-bassの方が望ましい。)
それぞれのthemaの部分が12小節しか無いのだから、繋ぎのpassageとCodaの、それぞれの6小節は結構、重い。(それぞれを足すと12小節になるのだから、themaの部と同じsizeになっている。
当然、3部構成の中間部が12小節(或いは14小節)では、軽過ぎて、全体の構成的には弱い。だから、12小節+14小節の重さが必要になる。
この曲に施されているornamentなのだが、演奏譜を作ろうと思ったら、然程は簡単ではない。
見た目の簡単さとは比べ物にならない難しさが色々とある。
先ず、一番の問題点は4小節目の2拍目の前打音である。当然、弱拍の女性終止を表すappoggiaturaとして16分音符で演奏すると、左手の動きに対して、平行4度の動きが起こってしまう。勿論、4度のparallelは和声学的には禁則にはならないのだが、頗る、気持ちが悪い。
しかし、だからと言っても、acciaccaturaでは、前からの装飾音が生きて来ないのだよ。
はたと詰まってしまった。(とは言っても、私が音大生の頃からの未解決の問題である。
しかしながら、困った事に、Anna Magdalenaの写本には、そのように書いてあるのだよな〜ぁ??これは疑うべきもないBach本人の意図であるのだよ。困った??
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
58小節目のtrillは、終止のtrillなので、ritardandoに掛かるtrillになります。ですから、本来は、拍子がrit.されてしまうので、無拍になります。
無拍というのは無拍子という意味ではありません。
この曲の場合には、beatが8beatなので、8beatの単位が段々遅くなって行きます。そうすると、当然、rit.の数も増えて行くのですが、3拍子がそのままで、beatの数が増えて行く・・という機能は、finaleにはありません。
ちなみに、「拍をcountしない」と言う機能はあるのですが、残念ながら、kadenzのように、素速く、episodeとして弾かれるので、こういった曲の終わりの段々ゆっくりとしていく時に、数を増やすという機能は無いようです。
下の楽譜をclickするとYou Tubeで音源を聴く事が出来ます。
Inventio第4番ですが、単純なinvention形式です。
楽譜はWilhelm Friedemann Bachの練習帳です。
7小節目の頭迄がinventionの入り部になります。7小節目からは展開部になります。勿論、d mollで入りになります。
18小節目では、属調のF Durで、1部が終わります。(17小節目はkadenz終止句になります。)
18小節目からは第二部になります。18小節目から即、始まる右手のorgelpunktは、F Durの属音の音になります。
2Page目の38小節目で第二部が終わります。勿論、37小節目はkadenz終止句になります。第二部は20小節になります。
第3部は少し変速的なのですが、38小節目から52小節目迄で、14小節なのですが、49小節目からはCodaになるので、11小節目に+3小節のCodaで、14小節になります。
第一部 | 7小節 | 12小節 |
第二部 | 20小節 | |
第三部 | 11小節 | 3小節 |
形式的には1部19小節と2部が20小節で、三部が少し短めで14小節のあまりbalanceの良い形式ではありません。
寧ろ、二部形式に長めの後奏がくっついた形式とした方が良いのかもしれません。
ちなみに、29小節目の左手のtrillerに#を付けてミとファ#で弾かせている版もあるようですが、それは間違いです。
ファ#にした理由は右手のmelodieがソ#、ラ、ソ#、ファ#ミ、レとファ#が出て来るので、左手をファ?で弾くと、結構厳しい音のぶつかりがあるからなのです。
しかし、それは和声の原則を知らない(楽典を知らな無い無知な音楽家であって、ミの音は、d mollの属調であるa mollの属音なので、ファ#の音は非和声音になって、a
mollには存在しないからです。
右手のソ#は導音の#なので、ファ#は非和声音の経過音にすぎないのです。
ですから左手のミとファ?のtrillに対して、経過音がファ#でぶつかっても、全く楽典的には矛盾はありません。
(その間違えたtrillを指示している版は、世界でも銘版とされて、今でも使用している人達は多いようですがね??)困ったものです。
取り敢えずは、第5番 変ホ長調を例に取って説明をして行きます。
A | B |
B | A |
二つのthemaは次のように表れます。
例えば、Inventio第5番の場合には、themaが大変長いthemaなので、一般的なInventioのように、Motivだけの主題とは違っていて、実にOrgan的な曲です。(Organの作品ではこの手の形式で作曲された曲を良く見受けます。)Cembaloではなくて、OrganでOrganの奏法として教えたのかも知れませんよね??主題の長さは4小節もあって、5小節目から、Esに対しての五度、つまり、B♭から、themaが転回して行きます。
(左側の譜例をclickすると、You Tubeの音源にlinkします。Pipeorgan-versionです。)
実際には、蛍光ペンで音符を直接塗りつぶすと、もっと分かり易いのですが、パソコンでは図形に対しての蛍光ペンは面倒くさくてとても使い物になりません。
という事でカッコで印をしています。
実際は最初の4小節の右手が、themaAで、左手が対主題Bになります。
themaAは部分動機のMotivAとMotivBに分かれます。
対主題のBも、MotivCと、MotivDの二つのMotivから出来ています。
それを色分けして、赤がMotivAと緑がMotivBです。
それに対する対主題がMotivCとMotivDです。
最初の4小節が提示部で次の4小節が、転回された提示部になります。
転回と展開は、全く意味が違うので、混同しないように注意してください。
展開は、発展展開された事を言い、転回は鏡の形や逆転した形を言います。
一言で転回形と言っても、和音の転回形とはちがって、鏡の形、逆行形、反行形等々の種類があるので、混乱しないように注意が必要です。
当然、入部が終了するのは、8小節目までなのですが、そのまま第2部に突入しないで、Motiv Aに拠る3小節間の展開があります。
12小節目から、平行短調であるc mollによる、主題の入りがあります。当然、15小節までなのですが、16小節目からは、本来ならば、主題がひっくり返って繰り返されるのですが、16小節目からはf mollに転調して、裏のthemaがそのままに繰り返されます。c mollに対しての下属調です。4小節単位の曲なので、当然、19小節目までで、次の20小節目からは、Motivに拠る展開が始まります。
20小節目からは、themaの前半部のMotivであるMotivAが3回繰り返されて、23小節目からは、MotivAが右手に移って、2小節2回、また左手2小節2回で、themaがrepriseされるのですが、themaの後半部のMotivが1小節挿入されて(30小節目)、そのまま、終止句に入ります。
構造式は
入部4小節+4小節(8小節目まで)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8小節
小展開3小節(9小節目から11小節目まで)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3小節
受部4小節+4小節(12小節目から19小節目まで)・・・・・・・・・・・・・・・・8小節
展開部20小節目から26小節目まで)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7小節
(他の小節が8小節に対して、展開部が7小節でbalanceを欠いているように見受けられますが、その分を、
再現部(reprise) (27小節目から31小節目まで・・・・・・・・・・・・・・・・・・5小節
次の再現部のthemaが1小節挿入されているので、それを加えると8小節+4小節となって整合します。
終止句(32小節目)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1小節
蛇足として、追記しておきますが、このthemaの動きは(特にMotivAに対しての、左手の動きは、) Organのpedal鍵盤の動きにとても良い動きになります。足の動きに即応したMotivなのですよ。
2声のInventioではなくて、3声のSinfoniaだったら、右手鍵盤と左手鍵盤とpedal鍵盤のTrioSonateで書かれたかも知れませんよね??それぐらい、Organ的な作品です。
左側の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
左側の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
典型的なinvention形式です。
左側の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
toccataのような素早い動きの曲です。
Inventioにしても、Sinfoniaにしても、主題を二つ持つ形式の曲が多数あります。これをDouble‐Kontrapunktと呼ぶ人達がいますが、Kontrapunktとは、主題(cantus
firmus)に対して、付けられる主題に対して、相対する点を指す言葉なので、対主題という言葉は本来的には当て嵌りません。
この手の形式の曲ではKontrapunktを持たない曲が普通なのです。
inventioの中で、二つのthemaを持っている曲は、次の曲になります。(Sinfoniaについては、別の章で説明をします。)
Inventio 第5番 変ホ長調
Inventio 第9番 ヘ短調
Inventio 第11番 ト短調
Inventio 第12番 イ長調
既に、説明をした第2番はCanonの形式なので、Inventioの形式ではありません。
第6番も一見すると二重のthemaで作曲されているように見えるのですが、自由な展開をしているので、二重のthemaによるInventioの形式ではありません。
第14番も、自由な形式の曲なので、Inventioの形式ではありません。
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
doppel-Kontrapunkt(二重対位法)と言って、themaに対して、対themaで作られている曲です。
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
Pianoではlegatoで演奏される事が多いようですが、gigueのtempoで演奏する方が、時代考証的には良いと思います。
その場合には、tempoやarticulationは、次のようになります。
inventionと言うよりは、寧ろ、舞曲のrhythmをlectureしたのでは、ないでしょうかね??
この右手の3連音のtrillは、trillとして聴こえる最小限のゆっくりとしたtrillです。
6連音では等倍になるので、trillにはなりませんし、16分音符では遅すぎます。
まあ、この程度が無難でしょうかね??
左の楽譜をclickするとYou Tubeの音源にlinkします。
Inventio第11番は、doppel-Kontrapunkt(所謂、二重thema)の秀作です。
赤の点線で囲った音符が第一themaになります。
緑色の点線で囲ったthemaは、2つのMotivから成り立ちます。
青の点線は、Kontrapunktになります。
Kontrapunktと言う意味は、一つは対主題という意味なのですが、もう一つは主題に付けられた対旋律・・という意味があって、非常に混乱を招く元になっています。
本来ならば、言葉の定義を変えるべきなのでしょうが、新しい言葉を作っても、一般化しないので、そのまま使っています。
3小節目からは、左手にthemaが移りますが、その時の対主題は、Motivがひっくり返った形の反進行の形になっています。(themaのUmkehrungと言います。)
しかも、最初の入り部よりも1小節、遅れた形で入って来るのも印象的です。
紛らわしいのは、5小節目の3拍目からkadenzに入って、6小節目の拍頭でB Durで終止しているように見えるのですが、実は同じkadenzを6小節目の3拍目からも、繰り返して、7小節目の拍頭から、左手が主調の属調であるd
mollで、themaの入りを開始します。
・・という事なので、第二部の始まりは、この7小節目からになります。
第二部はこの7小節目からのstartになりますが、少し長めの9小節目と半分の16小節目の3拍目で終わります。
第三部は、この16小節目の3拍目からの始まりですが、切れないので、7小節目と半分の小節になります。(23小節目です。)
中間部が少し(2小節半)長めの3部構造になります。
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
finaleはnotationのsoftなので、楽譜を演奏させるのは、そんなに得意ではありません。
それに、超、面倒くさいのです。
折角、演奏譜を作って、装飾音を演奏させて、Dynamicの強弱記号を入れて、そこまでは問題なく出来ていたのですが、強弱記号の位置を手直しした途端に、強弱や、装飾音が再生されなくなってしまいました。
色々と頑張って、再生出来るように努力してみたのですが、今日はtime-limitです。
仕方がないので、装飾音や強弱が表現出来なくなってしまった音源を取り敢えずYou Tubeにuploadしてlinkを貼って起きます。その内にDynamicや装飾音が再生出来たら、差し替える事にします。アハッ!
何度もどんなに修正しても、netで調べても同じ状態のtroubleが見つからないのです。
装飾音を全部、削除して、書き直して見たのですが、それでも、装飾音が反映されないので、諦めて装飾音を実音で書いてしまいました。
修正の時間を考えると、装飾音を実音で書いた方が早いのですよ。
他の曲は、問題なく演奏出来ているのにね??
まあ、演奏譜なので、これでも良いのですがね〜ぇ??
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
inventionの中では、こういった和声的な動きをする曲は珍しいのです。
このInventio第14番はSinfoniaの第5番と同じように、Laute等の伴奏の楽器を想定した作品です。
finaleの音源で、Lauteの楽器で演奏する部分と、flute等で演奏する部分の音色の奏き分けをしようと思ったのですが、あまりにも設定が面倒くさいので、挫折してしまいましたが、Cembaloでの演奏では、2段鍵盤を使用すると意図も簡単に、音色の奏き分けが出来ます。
鍵盤の1段でLauteが掛かる鍵盤と、8feetの鍵盤を交互に奏き分ければ良いだけだからです。
私の所有する2段鍵盤のCembaloは下の鍵盤にLauteが掛かるので、最初は右手は上鍵盤で、左手を下の鍵盤で弾きます。
4小節目からは、左手も右鍵盤で弾き、6小節目からは、右手を下の鍵盤で弾きます。
以下、同文です。
Goujon-modelのHarpsichordです。
昔々、I Musiciが日本演奏旅行の時に、日本中のKoncert会場で演奏をしていた、Cembaloなのですが、私同様にご高齢になったので、江古田のハイツの自宅で静養をしています。
次の問題ですが、版に拠っての音の違いがあります。
次の楽譜はHenle版に拠る、違いの箇所です。
Wilhelm Friedemann Bachの練習帳では次のようになっています。
melodieの流れとしては、Friedemann版の方が綺麗なのですが、同度で音が重なるので、音痩せが起こります。
という事で、両方ともBachの原典なので、如何ともし難いので・・ね??
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
このInventioはfugaの形式で書かれています。
小fugaの導入の例だと思われます。
fugaのthemaはsopranoからBasの順に入って来ます。
Basがthemaを演奏している時の、sopranoのMotivは対主題、所謂、Kontrapunktになります。
fugaの入りの場合には、fugaのthemaが主音から入ると、次の主題は属音から入るという決まりがあります。duxとcomesと言う言い方をする場合もあります。
それぞれのfugaの入りが完結すると、小展開をして、最後にthemaがもう一回入って来て、入部の完結になります。
本来は、fugaの入りには、伴奏のpartは付きませんが、こういったfughettaやinventionの場合には、よく伴奏のcontinuoが付く事があります。
Kontrapunkt(この場合には、対主題)とは全く異なるので、continuoなのか、Kontrapunktなのかを、間違えないで、正確に判断する必要があります。
このInventioは2小節でthemaの入りが確立します。という事は、入りが終わるのに、4小節を要するという事です。
つまり、5小節目の3拍目の頭で入部が終了する分けです。
それから展開部となって、第一部が終わるのが、12小節目の頭の拍で、平行調のニ長調で終わります。
第二部の入りは当然、反対のBasから入って来ます。12小節目の1拍目の裏拍からthemaが開始します。
themaは2小節掛かるので、第二部の入り部が終わるのが16小節目の頭の拍で、それから後半部の展開部に入ります。
しかし、themaの展開と思わる小節は僅か2小節だけで、18小節目からは、再現部としての、Basからのfugaの入りが始まって、それが右手のpartに交唱して、そのまま、kadenz(この場合は終止句)に入って終わります。
つまり、第一部5小節のfugaのthemaの入り部から5小節目2拍目のkadenzを経て、3拍目の裏からthemaの反復(wiederholen)があって、7小節目、3拍目の裏拍から展開部となり、11小節目がkadenzとなって、第一部が終了します。
第二部は全体で20小節しか無いので、第一部よりも短いので、その形式は非常にCompactに纏まっています。
12小節目からthemaの入りが4小節なので16小節目の頭拍までが、themaの入部の反復であって、16小節、17小節と展開をすると、直ぐに、再現部に入ってしまいます。
4小節に+kadenz(終止句)で非常にCompactに纏められています。
つまり、構成としては12小節の前半部に対して、10小節の後半部なのですが、
その後半部が入部4小節+展開部2小節+再現部4小節と非常にCompactに纏められているというお話です。
Bachは彼の音楽形式をcompactに纏める時の手法として、一見するとA+A'の2部構造のように見える形式なのですが、
細かく見ると、
前半部Aは入り部、4小節半とthemaの反復の2小節を+して、6小節半の主題の提示部と、4小節半の展開部が前半部の構成になっています。
それに対して、後半部は先程も書いたように、後半部の入部が4小節で、展開部が2小節、再現部が4小節と、つまり、2小節分、compactに作られています。
4小節目の3拍目の裏からの右手のpartは、kadenz(終止句)でも構いません。
全く同じpassageが21小節目の1拍目の裏から使用されているからです。
そうすると同じ21小節目の3拍目からの左手の動きもkadenzになって、整合性が出るからです。
15番はfugaの入りの部です。
平均律等のfugaの場合には、fugaのthemaの入りに対しての、対旋律(Kontrapunkt)は、ありませんが、小fugaの場合には、対旋律がある場合の方が多いのです。
2声部のfugaの場合には、入りがsopranoから入ると、次の入り部ではBasからの入りになって、それで完結してしまいます。
このロ短調のfugaと言うか・・、fugato(小fuga)は、本当は入部は3小節目の左手のpartから入る二重fugaです。
冒頭の2小節の入りは、invention形式のbasso continuo(若しくは、対旋律Kontrapunkt)を伴った、Inventioの入りなので、紛らわしいのです。Bachのイタヅラかも知れません。
introの2小節+入部、3小節目から7小節目の頭の拍まで・・です。
7小節目から10小節目までが展開部で、11小節目が前半部の纏め、所謂、終止句になります。
表の一枡目の単位は2小節です。AはthemaAで、kはKontrapunkt対旋律の略です。対主題のthemaはthemaBです。紛らわしいのですが、Cは終止句のkadenzの略になります。kadenzはCadenzとも表記される事があるので・・。、
A | B | c+A | a+A | c |
K | A | c+B | a+b | b+c |
12小節目から、15小節目までは、平行長調のD Durからの入りです。勿論、14小節目からの右手の入りはD Durの属調であるA Durです。15小節目の後半部からは2小節半の展開部に入り、18小節目からは、再現部としてのh
mollでのBasからの入りで、5度で応答するのではなくて、repriseらしく、同調のh mollのママに応答して、21小節目の3拍目からkadenz(終止句)になります。
入りのintroの2小節を除けば、doppel‐fuga形式の典型的な形なのですが、結構難しい形なので、このinventionenからBachの勉強をしようと思うと、非常に難しいapproachになります。
実は、Bach先生は初心者向けの教材を沢山作曲しているので、このfugaの形式についても、簡単で練習のし易い参考の曲はいっぱいあるのですよ。
本来的には、Henle版でKleine Praludien Fughettenという曲集が出版されているのだが、外版の購入が難しい場合には、全音版からは、Bachの小preludeと小fugaという曲集やClavier-Buchlein
vor Wilhelm Friedemann Bach( Wilhelm Friedemann Bachの練習帳)という曲集も出版されている。
入り部はsopranoから、tenor、そしてBasの順で入って来る。
そして、themaの反行形とthemaそれから、tenorにthemaが移行して、7小節目の頭で第1部がC Durのままに終わる。
第二部は7小節目から始まり、13小節目の拍頭でd mollで終わる。
第三部は13小節目から始まり、20小節目のT6の和音で偽終止をして、20小節目で完全終止をする。
第一部 | 1小節目から | 7小節 |
第二部 | 7小節目から | 13小節 |
第三部 | 13小節目から | 20小節+1小節 |
第一部は7小節、第二部は7小節、第三部は7+2のbalanceの取れた3部形式で作曲されています。
Sinfoniaからは、声部の交差が出て来て、、演奏も難しくなってきます。
譜例は2小節目のBasとtenorの動きです。
冒頭のBasは4分音符なので、しっかりと1拍分伸ばさなければなりません。
殆どの人達がこの1拍目のBasとtenorの動きを演奏出来ていません。
同様に難しいのは6小節目の左手の動きです。
特に難しいのは6小節目の左手、3拍目から4拍目に掛けての動きです。
同様の声部の交差は10小節目でも見受けられます。
次は、17小節目から18小節目への声部の交差の例です。
上記の譜例なのだが、よく間違われて演奏される譜例:
これでは右手の動きが2声のハズなのに、1声になってしまっている。
この曲はtempoや音楽の表情が色々な風に弾かれる事が多い。
非常に遅いtempoでゆったりと演奏している場合もある。私はinventionやSinfoniaにはあまり見受けないgigueのtempoとrhythmで演奏させている。
この曲にも声部の交差で演奏の難しい箇所が存在する。
事前に抜き出して練習しておく事が大切である。
先ずは11小節目から12小節目である。sopranoとtenorが交差をする上に、sopranoは付点4分音符である。12小節目の第2拍目で4分音符が入れ替わるのだよ。12小節目のsopranoのmelodieは切れない。tenorは4分音符なので、8分休符が入るのだ。正確に演奏しなければなりません。
次は15小節目から19小節目の拍頭迄の声部の交差である。
15小節目の4拍目のsopranoや16小節目の2拍目のsopranoがtenorと入れ替わっている。特に、18小節目のsopranoは音階進行をしているのだが、tenorのpartがsopranoよりも上に来る。非常に複雑な動きをしている。
最後は25小節目から26小節目への声部の交差と、右手から左手への音符の受け渡し・・である。特に26小節目のtenorのoctaveの移動は音が切れないように、注意をする事。
左側の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
このfacsimileの楽譜は、非常に貴重なClavier-Buchlein vor Wilhelm Friedemann Bachからのfacsimile楽譜になります。
この楽譜をuploadした理由は、Bischoff版の書き加えられた装飾音が、Wilhelm Friedemann Bachの底本に拠る・・・と、書かれているからなのです。
あたしが見る限りでは、何処にもschleifer等の装飾音を書き加えた後は見当たらないのですがね〜ぇ??
もう一つ、面白い事は、このTitleにはSinfoniaではなくて、fantasiaと書かれている事です。
だからinventionとsymphonienではなくて、inventionとfantasiaだったかも知れないのだよ。
まあ、どうでも良い事なのだけどね??
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
Bischoff版では装飾音のschleiferが書き加えられています。
(Bischoff版は全音楽譜出版社から出版されています。)
schleiferは、歌のglissando、・・と言うか、legatissimoの奏法を表しています。
だから、「素速く」ではなくて、「歌うように」滑らかに演奏されなければなりません。
また、finaleの装飾音の演奏は、甚だ、近現代的であって、baroque時代や古典派の時代様式のornamentの演奏からは、逸脱してしまいます。
あくまでも、素人(パソコンの専門家ではあっても、Classicの音楽の専門家ではない・・という意味です。)が作ったmethodeなので、楽典上の誤りが非常に多いのです。
その最たるものが、装飾音の拍とのtimingの問題です。
baroque時代から古典派の時代迄の装飾音は、拍に合わせて演奏しなければならないのだが、finale等で装飾音を入れた場合には、拍の前に装飾音が出されてしまう。
これは演奏styleをbaroqueと指定しても同じ事である。
finaleにbaroque仕様という専門的なinterpretationはない。
という事で、当時のままに、演奏させる為には、演奏譜を実音で書き込まなければならないのだが、これがまた面倒くさい作業なのだよ。
音価を細分化した途端に、画面上には表示されないのだが、backgroundで休符が書き込まれてしまうのだ。その為に、一度、表示されない休符を削除する作業をやらなければならない。
これがまた無駄な作業なのだよな??
手な事を書いたから・・と言っても、ornamentを否定している分けではない。
あくまでも、出典の話をしているのだから、ornamentの是非を問うている分けではない。
このschleiferとmordentの連続したornamentはとても美しい。
但し、このornamentを演奏する事は容易ではない。
左側の楽譜は、Henle版の装飾譜の例です。
装飾音を演奏譜に置き換えると、下の楽譜のようになります。
左側の譜面をclickするとYou Tubeの音源にlinkして、実際の音を聴く事が出来ます。
Sinfoniaの第5番と、Inventioの第14番は、チョッと特殊で、baroque時代のTrioSonateや、soloと伴奏の形態をしています。
特に、このSinfonia第5番は、baroque時代に一番、流行っていたTrioSonateの様式で書かれているのですが、一般的にはTrioSonateは、2本の管楽器とbasso continuoの低弦楽器、(例えば、viola da gamba等か、若しくは、Cello等の低音の旋律楽器と、Cembalo等の和音を追加する事の出来る楽器で演奏されるのが、一般的とされていました。
とは言っても、それは裕福な貴族階級の話であって、一般的な大衆には、Cembaloやviola da gamba等の楽器は高値の花であって、とても手にする事のおいそれとは出来る楽器ではありませんでした。
という事で、一番安価なmelodie楽器としては、Recorder2本と、撥弦楽器であるLaute(リュート)、もっと安ければ、guitarとか、mandolinでの伴奏での想定が一番庶民的で、一般的な演奏形態でした。
このSinfonia第5番も、BasをLauteの伴奏で、Recorder、若しくはflute2本の編成ならば、当時の演奏としては、もっともorthodoxな曲でした。
という事を考慮して、そう言った音源にして見ました。Basのmelodieは、Lauteにしてみたのですが、音源の音があまり良くなかったので、harp(Harfe)の音色にしておきました。
Sinfonia第6番のHenle版である。
Bachを学んで来た生徒達が、この段階でも、このSinfonia等に使用されている掛留音や経過音等の非和声音を弾く事が出来ない・・・聴き取れない(演奏出来ない) という生徒達があまりにも多く見受けるので、慙愧の念に堪えないのだよ。
趣味で音楽を学んでいる生徒・・という分けではなく、音大に進学しようとする生徒でもなく、concoursに出てproを目指している生徒達ですら、この非和声音を正しく弾く事が出来ないのは、日本の音楽教育のlevel(水準)を疑わざるを得ないのだよ。
Pianoでinventionからsymphonienを学んで来た生徒達の多くは、この何でもない2声部の奏き分けを演奏する事が出来ない。
Pianoという楽器は(オシログラフ等で見てみると、よく分かるのだが・・)Pianoの音は衝撃音が大きいので、後の響き込む共鳴音が聴こえない。(ちゃんと、響き込んでいる音を聴き取るには、その為の訓練が必要なのだよ。
日本人の音楽を学ぶ人達は、その訓練をした事のある人達は非常に少ないのだよ。
ここは、キリスト教の中で育って来たEuropaの人達とは・・、と言うか、Europa人の残響の中で育って来た国民と、日本人の大きな違いになるのだよ。
この残響を聴けない・・と言う事は、呆れてしまう事には、指導者自身が、この係留音や先取音の不響和な響きを聴き取る事が出来ないのだ。
また、この残響を聴けないと言う事は、Pianoを演奏している時に、pedalで濁った和音の響きを聴けない事にも通じて行くのだよ。
だから、この問題は、Bachの演奏だけではなく、Piano音楽全体に関わる問題になるのだよ。
Europaの演奏家達は、ほんの少しの和音の濁りでも、気にするのだよ。
ところが、日本人の演奏家達の場合には・・・・
言わずもがな・・である。
Bachの場合には、polyphonyの音楽なのだから、衝撃音ではなくて、旋律としての音で聴き取らなければならないのだよ。
例えば、3小節目の2拍目ではaltoの声部のシの音が残っているのに、sopranoのmelodieがド#になって、2度の不響和な響きがするのだが、3拍目でtenorがラの音に解決をする。
baroque時代の音楽では、このような係留音に因る不響和な響きとその解決が普通に見受けられるのだが、Pianoの衝撃音の場合には、係留の不響和な音の響きを聴く事は難しいのだ。
私がinventionをlessonシている時には、比較的に安価なOrganの音が出るKeyboardを購入させて、それで係留や先取音の音を聴く練習をさせていた。
上の譜例は間違えた演奏例です。下の譜例が正しい演奏例です。
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
上の段は、日本人のPianoを学ぶ人達がよく弾く弾き方です。
下の段が正しい弾き方です。
参考までに、Pianoの音源で再生して見ましょう。
Organの音色に比べて、聞き取り難い事がよく分かります。Pianoは衝撃音だからです。
左側の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
演奏譜です。
全部のpartを細かく書き表した分けではありませんが、音(melodie)の区切りを「?」で、書き表しています。所謂、句読点になります。句読点・・と言うか、音の区切りには、先ず、最初にはbreathがありますが、短い順にカンニングcunning-breathing(?)があります。次はbreathingなのですが、通常は(∨)で書き表しますが、長い息継ぎという意味で、?で書き表します。
後は、timingをほんの少し遅らすfeintやfermataで書き表す長い息継ぎがあって、一番長いのは、多分、G・P(Generalpause)ではないでしょうかね??
通常の息継ぎ(breathing)では、tempoのtimingを遅らせるのですが、こういった複音楽では、他の声部がthemaやMotivを歌っているので、breathingで音楽のrhythm(tempo)を遅らせて行く事は出来ません。?の前の音を短めに取って、息継ぎをしなければならないのです。
sopranoのmelodieがthemaなので、Basにthemaが入って来るのを忘れて、3小節目1拍目と2拍目の間に息継ぎを入れて、timingが遅れてしまって演奏している人を見受けます。
(もっとも、殆どの人達は、息継ぎは無視して、in tempoで、Metronomのように、機械的に弾いているので、息継ぎを知っているだけでも、マシなのかな???(否、だめなものは、やっぱり駄目だよね〜ぇ??)
ちなみに、例えば、3小節目のsopranoの拍頭の短いtrillは、弱拍を表すtrillなので、ゆっくりとprall=trillerで演奏します。
ちなみ次いでに、なのですが、掛留音の聴き取りで、難しいのは、themaを内声で演奏している時に、外声間で音が係留されるpassageなのですが、この曲では外声間の掛留音は殆ど出てきません。
音を聴き取る(耳の訓練の曲としては・・)勉強としては、一番簡単な曲かもしれません。
34小節目と最後の小節、41小節目の長前打音(appoggiatura)ですが、いずれの拍にも、fermataが付いているので、前打音は長めの前打音で良いと思われます。
という事で、34小節目の前打音は4分音符で演奏して、幹音の8分音符にfermataが入ると良いです。
終わりの女性終止もfermataが付いているし、女性終止なので、前打音は付点4分音符の長さで良いと思います。
前打音が短すぎると、終止音がsyncopationのようになってしまい、女性終止特有の弱拍で終わる・・というAgogikが弱くなってしまうからです。
左側の楽譜は演奏譜です。
楽譜をclickするとYou Tubeで音源を聴く事が出来ます。
themaに現れる装飾音はschleiferと言って、legatissimoを表します。
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
この曲は3声のfugaの為の導入の曲なので、教科書fugaとして、正確にmodel-caseとして書かれています。
fugaの導入の為なので、実にfugaのthemaらしい、themaです。themaは2つのMotivに分かれていて、前半部の飛び跳ねるようなMotivに対して、後半のMotivは流れるような音階的な動きをして、Motiv同士のCharacterが実に対照的です。
平均律曲集に入る前に、2声のinventionや3声のsymphonienのfugaで書かれている曲だけをpickupして、正確に演奏する練習をすると、fugaの導入がとても楽になります。
このパソコンでの演奏のtempoは少し遅めですが、声部を聴き取る為には、これぐらいのtempoの方が良いと思います。
thematisch-Analyseですが、先ずその前に、全体の構造を見る事にします。
Codaを持たない3部形式なのですが、第一部は7小節目の3拍目で、F Durの属調であるC Durで、終わります。
第二部は、当然、7小節目の3拍目の裏からC Durのstrettoで、始まって、15小節目の3拍目の頭の拍で、F Durの平行調であるd mollで終わります。
第三部は、15小節目の3拍目の裏拍から始まりますが、Codaを持たないままに、23小節目の3拍目で終わります。
第一部は主調のF Dur⇒属調のC Durへ7小節
第一部は通常、fugaの入り部と言います。fugaは各声部がduxとcomes(分かり易く言うと主音と属音から・・、)或はその逆から入ります。
ですから、このSinfoniaの場合にはaltoの属音からthemaが入って来て、次にsopranoに主音から入って来ます。
次は、当然、また、属音に戻らなければならないので、Basのpartは3小節目の1拍目の裏から属音からthemaが入って来ます。これで入りは終わったのですが、小さなepisodeから、最後にもう一度、themaが反復されて、第一部が終わります。
つまり、4小節目がepisode部になって5小節目の2拍目の裏からthemaが回帰されて、6小節目の3拍目からkadenz(終止句)が入って来て、7小節目の3拍目で第一部が終わります。
第二部は属調のC Dur⇒平行調のd mollへ、7小節
第二部は所謂、展開部になります。
7小節目の3拍目の裏から、いきなりstrettoで始まります。
strettoというのは、演奏表現のstrettoではなく、fugaのthemaが終わり切らない内に、次のthemaが畳み掛けて来る事を言います。
sopranoが7小節目の3拍目の裏からthemaが始まりますが、同じ7小節目の4拍目の裏から、Basのpartにthemaが始まります。
sopranoは未だthemaを演奏し終えていないのに、次のpartがthemaを演奏する事をstrettoと言います。
第三部は、平行調のd moll⇒主調のF Durへ8小節と半分なので、ひょっとしたら最後の1小節をBachはCodaとして弾かせたのかもしれません。
人に拠っては、22小節の転回型の音をCodaにする人もいるのですが、themaがstrettoされている最中なので、チョッと苦しいのですが、22小節目の3拍目からの左手のpassageを終止句(kadenz)とする事も可能なので、その場合には、ちょうど7小節となって、小節数としては完璧になります。
単純明快なので、表記はしません。
第三部では、再現部なので、strettoはもう使われていませんが、17小節目の3拍目から18小節目の3拍目の頭までのBasの長い持続音は、所謂、orgelpunkt(日本語ではオルガン・ポイントと分けの分からない訳語になっています。)が、Organの曲等で、長大な曲が激しく転調したりして、音楽を平静に戻す為に、調を安定させる・・という意味で、その曲の調の属音か、主音か、或は下属音を響かせるという音の使い方があります。
この曲は教科書fugaとしてのsample曲なので、orgelpunktまでも盛り込んで、fugaの作曲法を説明したのかも知れませんよね。
thematisch-Analyse
先ずはthemaと対位主題(Kontrapunkt)です。
Kontrapunkt、対主題は主題に対して、continuoのように、付けられる音もKontrapunktと言うので、対主題に対してのKontrapunktと紛らわしいので、困るというお話をinventionの時に解説をしましたが、この曲では、もっと、紛らわしく、対主題であるのか、continuoであるのかの判別が不能です。
continuoをそれだけ効果的にあたかも対主題のように使用した・・というのが、本当の所かも知れませんが、それは、こういった教科書fugaには、使って欲しくはなかったのですよね〜ぇ??
それは、作曲理論では上級classの課題なのでね??
fugaの入りの時には、伴奏は付かないのが普通なので、inventionとしての、basso continuoとして書いたのか??なのですが、それにしては、その後も、この対位のthemaが効果的に使われているので、対主題としての第2themaであると考えても良いと思われます。
第二themaとして演奏する場合には、themaがfで演奏する場合には、第二themaはmfになって、Motivはpで演奏しなければ、なりません。(themaやMotivの力関係を表すためです。)
主題の入りのauftaktは16分音符が2個で入りますが、上記の譜例のような場合、2拍目の裏からではなくて、2拍目の次の16分音符からthemaとして演奏する人もいますが、この場合は、どちらでも構いません。私の場合には、2拍目の前拍は、Motivにして、themaは裏拍2個で演奏させています。
その方がthemaが分かり易いからです。この場合にはGeschmackssache(趣味の問題)で、interpretationとは関係ないからです。
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所謂、thematisch-Analyseなのですが、色カッコ括りや、蛍光ペンでの色塗りと同様に、今回はforteとPianoでthematisch-Analyseをしました。
と言う事なので、Pianoのversionに変えて、thematisch-Analyseをforte、mezzoforteと、Pianoという事で、楽譜に書き込んで見ました。
themaがforteで、対主題がmezzoforteです。
MotivがmezzoPianoで演奏します。
強弱のDynamicの幅がもう少し大きくても良かったのですが、出来る限りの差で演奏させてみました。finaleは音源のsoftではなくて、単なるnotationのsoftなので、演奏はお飾りのserviceに過ぎないから、期待は出来ません。あくまでも、参考までに:・・です。
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Sinfonia第9番は
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
Sinfonia第10番は、simpleなinvention形式で書かれています。
themaの分析譜です。thematische Analyseと言います。
色はthemaの完全形の赤と部分動機(Motiv)のピンクと橙色の3種類で分析しています。チョッと分かり難いけれど、塗り忘れの箇所が2,3箇所あったようですが、そこまでは、手直しはしません。面倒くさいので・・(過保護になると言われるので・・・)
塗り残し分とか、後のPageは自分で色塗りをやる事をお勧めします。
なんとなく、「分かった」と言うのと、実際にやってみるのとは、全く違うからです。
元々の文章が見つからないので、この後に何が書いてあったのか、愚痴とは言えない愚痴とは何かが全く分かりません。このPageを書いていたのは10年以上も前のお話だったからです。
と言う事で、多分、現行の日本の音楽教育・・というか、特に必須教材とされる『Bachのinventionenとsymphonien』に関してなのですが、私が音大時代に学んでいた誤った指導法による・・と言うか、無知による指導法で勉強をして来ている子供達・・と言うか、・・そう言った指導をしている教育者達に対しての怒りのお話であったように思われるのですが、それは私が子供達を指導していた時から、現在に至るまで、未だに何一つ変わっていないのですよ。 あな、オトロシやオトロシや??
Facebookより
2022年8月12日金曜日朝の8時
一般的なimageではinventionはBachが自由に作曲した曲集というimageなのですが、作曲科の学生達に取っては、(作曲上の慣例としては・・)invention形式というstyleが存在します。(Bachがinventionenの第一番で確立した対位法的な作曲の形式なのですが・・)
・・と言う事で『inventionen』という曲集の中には、invention形式の曲やfugato(小fuga)形式の曲、或いは、Bachがpreludeと呼んでいた toccata風の形式の曲さえも混在しています。
3声部のsymphonienの場合には、3声部の入りがあるので、それだけで、形式が確定してしまうので、僅かな例外的な曲を除いては、形式が確定してしまうので、自由な曲は非常に限られてしまいますがね。
Pianoを学ぶ人達や、指導する先生達さえも、Pianoを学んでいる人達の多くは、Pianoの打撃音しか聴いていません。Bachのinventionでは声部の交差や繋留する音が醸し出す非和声音が解決をする音の美しさが書かれているのですが、某国立音楽大学の先生でさえも、そう言った響き込む音(繋留する響き)を指導する先生が数少ないのです。
昔々は、Bachの曲がconcoursで課題曲として出題された事もあったのですが、なんと、全国大会に出場するような生徒達でさえも、OrganやCembaloのlegatissimo奏法の代わりに、pedalを少しだけ踏み込んで、音を濁らせる誤魔化し奏法で演奏していて、正しいBach時代のlegatissimo奏法で演奏する生徒は一人もいなかったのですよ。それは私に取っては、超、Shockな出来事で、子供達のPianoを指導する一つの切っ掛けにもなったのです。
間違えた奏法と言えば、装飾音、所謂、trillerやpralltriller、或いは前打音(appoggiaturaとacciaccatura)の弾き方も、今現代になっても、未だ改善されていません。Bachのinventionですら、強拍の前打音と弱拍の前打音の違いは出て来るのに・・ですよ。
まあ、inventionenを分析して、演奏する人達がいないから、仕方が無い事なのですがね〜ぇ??
「分析する」と言えば、相変わらず、音符の上に蛍光ペンでマーキングする方法が分からないのだけど、使っているsoftが超、ヘボいので、塗り潰すと音符が見えなくなってしまうのだよな??
困った。
左側の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
gigueと言うには、遅過ぎるし、sicilianoにしては速過ぎる微妙なtempoです。
舞曲には変わらないので、このtempoと、特徴的なrhythmの舞曲は何があったのかな??
思い出せないでいます。baroque時代の舞曲は、然程、多くは無いので、困ってしまいます。
この曲は、CembaloでもOrganでも、非常に効果的に響く優れた曲である。
左の楽譜をclickすると、 positive organ での音源でYou Tubeへのlinkされます。
12小節目3拍目4拍目のシ#とレ#なのですが、実際の、facsimile版では、#が書いてありません。
実は、Bachは転調や導音の臨時記号を書かない場合がよくあるのです。
そのpassageを臨時記号を付けて弾く事は自明の理だったから、かも知れません。
同じ譜面のUrtextAusgabe(原典版)なのですが、12小節目の赤丸の#と、4拍目のレの#が落ちているのが分かります。
しかし、実際のBachの直筆では、決して珍しい事ではありません。慣習的に、書かなかった場合が多いようです。(うっかりmiss等ではなくて、確信的に書いていないのです。)
調号の#や♭に付いては、5線の中に書けるだけ書いていたのと、対照的で面白い慣習です。
左の楽譜をclickすると、You Tubeの音源にlinkします。
これ以降のSinfonia第12番の文章は、Inventioの第1番の所で書いた文章のcopyである。
本来ならば、ここに書くべき文章だったので、同じ文章なのだが、一応、コピペしておく。
Bachが書き示したpolyphonyの書法でもっとも分かり易く、顕著な例とすると、Sinfoniaの12番のA Durを例に取る事が出来る。
特に取り上げる箇所は、5小節目と、24小節目のpassageである。
facsimile譜は、Bachの直筆譜である。
この5小節目と24小節目で、よく見受ける誤った弾き方の例である。
下の譜面をclickするとYou Tubeの音源へlinkします。
この5小節目のpassageを複音楽的に書くと次のようになる。
同様に24小節目のpassageもこの様に書かれているのだ。
また、16小節目から18小節目への声部の交差は素晴らしい。
しかし、そのpassageは、次のように弾かれてしまう事が多いのだ。
Pianoを練習する方法では、楽屋内の練習法なのだが、Glenn Gouldは、その楽屋内の演奏法で、聴き取り難い繋留された音を聴こえるようにするために、次のように際立つstaccatoを入れて、持続する音を強調して奏している。
下の楽譜をclickするとYou Tubeで音が再生されます。
こういった演奏法は練習法としては、楽屋内で知られている奏法なのだが、それを一般人に向けての演奏法としたのはGlenn Gouldの功績(??)である。
ところが、その某国立音楽大学の先生に学んでいる生徒は、「声部の交差」という複音楽特有の言葉すら、知らなかったのだよ!?
言葉を知らない・・という事は、当然、声部が交差して動くという意味すら分かっていなかったのだよ。
見れば分かりそうなものなのだが、知らなければ分からない・・というのは当然かもしれないのだがね。
日本には国立に対しての、絶大な信頼があるのだが、某国立の音楽大学の先生というのは、そのlevelなのかい??と知って、改めて、呆れたね??
権威もへったくれもあったもんでは無いよな??
それで、某国立音楽大学の先生がよく勤まるもんだ??
呆れてしまった。
勿論、某国立音楽大学の先生ですら、そのlevelなのだから、一般の音楽大学の先生達のlevelと言えば、語るに落ちる話なのだよな??
だから、日本の権威的なconcoursですら、誤魔化しpedalの演奏が罷り通るのだよ??
ああ、miserable???
私は、昔々には、音楽大学の受験を目指す生徒達には、Bachのinventionや、Sinfoniaを指導するようになった時には、生徒の必須の楽器として、必ずOrganの音がするKeyboardを買わせていた。
声部の音の繋がりとそれぞれの声部の交差を正確に聞き取る耳のTrainingをするためである。
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
Sinfonia第13番は、
下の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
このSinfoniaもfugaの入りの練習で出来ています。
左側の楽譜をclickするとYou Tubeにlinkして音源を聴く事が出来ます。
Sinfonia第15番は
Bachの一般的なinventionの楽譜には、それ程は、装飾音が使われている分けではない。
そこは、Franceのbaroqueやrococoの時代の作曲家達とは一線を画している。
よく勘違いをされる事があるのだが、invention等に書いてある装飾音の演奏法を、後生大事にひたすら守って生徒達に演奏させている石部金吉のpianoの先生をよく見受けるのだが、Bachが示した装飾音の譜例は、Cembaloを始める人達の極初心者へのadviceとしての譜例に過ぎない。
Bachが自分の息子がCembaloを始める時の、練習に作った曲を、Applicatioにも見る事が出来る。
Cembaloを始めたばかりの初心者の子供がこの難しい曲をどのように弾いたのかは興味がある所だが、同様な例は、inventionにも見る事が出来る。
日本版では全音版でBischoff版としてFriedemann Bachのinventionを購入する事が出来るのだが、当然、装飾音(ornament)が入るので、指使いが全く変わって来るので、その分同じinventionでもかなり難しくなってしまう。
この装飾音を楽譜通りに演奏するのは、初心者にはかなり難しい。Bach-familyの息子だから出来たのかな??
下の楽譜をclickするとYou Tubeの音源が再生されます。
Bachが彼の息子達にornament(装飾音)の演奏法を教えた楽譜は数多く残っている。
その中でも、特に有名な楽譜が、Bachが彼の息子であるFriedemannのために書き与えた『 Clavier-Buchlein vor Wilhelm Friedemann Bach』であろう。
その楽譜は日本版では、全音楽譜出版社からHans Bischoff版として出版されている。
装飾音が入って来る事によって、指使いはより複雑で難しい物になる。
inventionとSinfoniaを終了した生徒達に、Bischoff版から特に、装飾音に特化した作品を与えて練習させているのだが、inventionとSinfoniaを制覇した生徒達にとっても、Bischoff版は難しいのだ。
ちなみに、inventioの第1番なのだが、Motivの後半部に、小さな音符を追加して、3連音で練習させるようになっている、譜面もある。誰に対しての、指の訓練なのだろうか??
Anna Magdalena Bachの練習帳である。
芦塚methodeでは、Beyer教則本を学ぶ時から、暗譜のmethodeを同時に学ぶ。
頭の中で写真を見るように、楽譜を見るという方法なのだが、そこに至るには少し、簡単な手助けが必要である。
と言う事でBeyer教則本の覚え方の教則本を作っているのだが、inventionを演奏する人達の多くが音を覚えていないままに、自分の演奏している音を聴いていないままに、惰性で弾いているのを見て、inventionやSinfoniaの暗譜の本も必要性を感じて、作った。
右側の2冊はinventionとSinfoniaの暗譜譜である。
教室の制作の楽譜であるがHenle版となっているのだが、Henle版をcopyした楽譜では無い。
Henle版を底本にした・・・とか言うのかな??
音大生の殆どの人達がHenle版のinventionやSinfoniaを使用するので、Henle版を底本にしたに過ぎない。
楽譜を開くと、この五線紙だけのPageが現れるのだ。
このPageの割り振り、所謂、layoutがHenle版の同曲のPageの割振り(layout)と同じなのだ。
指導者はこの何も書かれていない譜面で、lessonをするのだよ。
「このpassageのこの音が・・」という風に・・
つまり、完全に暗譜が出来ていないとこの暗譜譜は使えない。
Henle版の楽譜を対象にした、芦塚methodeに拠る暗譜のmethodeの楽譜である。
暗譜が未だ不完全な場合には、この五線紙に、拠り所となる音を書き込む場合もある。あくまでもmelodieを書き込む分けではなく、標となる一個の音を書くに過ぎない。
そこに一つ音を書き入れる事に拠って、より完璧に暗譜をする事が出来るからなのである。
勿論、Beyer教則本の場合には、これよりも非常に簡単である。そこから徐々に暗譜のコツを掴んで行くのだよ。いきなり、Bachのinventionからでは、この暗譜のmethodeは難しいだろう。
Beyer教則本からならば、自然に覚える事が出来るのだ。
希望者には教室から販売をしています。
Beyer教則本の暗譜譜は、color印刷になりますので、コストが少し高いです。