暗譜のお話(樂典系)

暗譜について

 

(御父兄からの質問)

Subject: 上手に暗譜するには?

芦塚先生へ

オケ練習の御指導はお疲れ様でした。

練習の見学は子供だけではなく、私も学ぶことが多くありがたい時間です。

ところで「いまさらながらとこんな質問を・・・?」と思われるかもしれませんが、今回の宿題、「オケ、アンサンブルの曲を次回までにやったところは暗譜してね!」ということだったのですが、上手に暗譜する手順といいますか、こつはありますか?

子供が、前回の秋の発表会のオケの曲を思っていたほど覚えていなかったので・・・。

よろしくお願いします。

Re:お母様へ

さてご質問の暗譜についてですが、実は暗譜のメトードと言っても、覚え方自体はホームページ上に記載されている記憶のメトードと同じなのです。

但し記憶といったような漠然としたお話とは違って、音符に関しての話では覚える対象に具体性がありますので、当然覚えるメトードもそれに対応して、いろいろな方法論を展開してまいります。

基本的なメトードとしては、それぞれのstageに従って、初歩の段階から、中級、上級と覚え方がより高度に複雑になっていきますが、以前お話いたしましたように、それに併せて、年齢やヴァイオリンのレベルでもまた、指導の仕方や留意点が変わってきます。それについては、以前お話した啐啄の原理(子供の年齢や水準)に従います。

このメールの内容は論文として書いたものではありませんので、話の内容を貴女のお子様に限ってお話します。(お話の対象のお子様の年齢やレベルをある程度限定して・・と言う意味です。)

 

年齢と出来る事

小学生の場合は、まず年齢を1年生~3年生、4年生~6年生と大きく二つに分けて考えた方がよいように思います。

教育論文の方で、もうお読みになられたとは思いますが、子供には感覚的に覚える年齢と、理論的に覚える年齢があります。

通常は4年生から分数の概念の勉強をしたり、少しずつ理論的な思考が出来るように指導していきますが、教室の生徒さんは一般の生徒さん達よりも遥かに技術の進歩が早いので、本来あるべき子供の脳内年齢よりもかなり早いペースで、子供達の音楽の勉強をさせていることを、まず理解して置いてください。(今学習していることが既に、年齢の限界ぎりぎりのラインで指導していると言うことです。)

「子供が出来るから」といって、子供に過剰に無理をさせたり、期待をしたりするのは、教育上はあまり好ましいことではありません。

曰く、江戸時代から親の愛情を表す言葉として、ホームページにも書いているように「這えば立て、立てば歩めの親心」という言葉がありますが、実は教育的に言うと、それは教育上良いことではないのです。なぜなら、それはついつい過剰期待を惹き起こしてしまうからなのです。

 

 

 

1.子供の可能性

子供の能力は全て指導者と親によって身に付けられるのは、当然なのですが、その中でも暗譜に関しては指導者のlessonの指導によるところが多いのです。(生徒が暗譜を出来ないと言う事は、それは指導者の指導の仕方に原因があります。)

 

子供の可能性の否定について

子供の可能性を否定するということは、常識的な大人が犯しやすい一番大きな誤りです。自分が出来ないから子供も出来るわけがないと考えるのは、もっとも不遜で、許すことの出来ない誤りです。

(指導者の場合)

別に暗譜に限ったことではなく、指導全般に言えるのですが、「指導者自身が出来ないからといって、子供も難しくて出来るはずがない」と思うのは、生意気千万な考え方であります。その考え方は無意識に子供の能力(可能性)を否定する絶対に許せない考え方です。

指導者がその子供の能力を信じていれば、子供は必ず出来るようになります。子供は無限の可能性を持っているのです。しかし、どのようにしたらその可能性を引き出すことが出来るのか?それが指導者の役目であります。

ですから、当然、指導者自身が前提として、「子供が出来るわけがない」と思って指導していて、子供が出来るようになるわけはないでしょう?

そんな当たり前な事が指導者には、どうして分からないのでしょうか!?

 

(父兄の場合)

同じようなことは、指導者だけではなく、親にも起こります。

親がよく言う子供の可能性を否定する言葉があります。たとえば、「私の子供だから、出来るわけがない。」

それに対して、私が親に言う事は「貴女がそのことが出来ないのは、正しい教育を受けなかったからなのですよ。」

或いは「このメトードは私の作ったメトードで、私の教室で習った人しか出来ないのです。」

「貴女だって子供のときに私達の教室で習っていれば、そんな事は出来るようになったはずです。」

・・・・とお話しします。

 

 

2.暗譜は習慣

当たり前のことなのですが、暗譜が上手になるには、暗譜の癖をつければよいのです。

昔の芦塚音楽研究所のオケの生徒達はとても暗譜が早かったので、発表会で一人の生徒の出番の曲が30曲近くあるのにもかかわらず、以前の生徒達は譜面を見ると言う事は全くありませんでした。そのもっとも大きな理由は、昔の生徒達にとっては「譜面を見ることは罪悪である。(恥ずかしい)」と言う発想があったので、室内楽にしても、ピアノの生徒の伴奏のパートにしても、勿論オケのパートにしても、譜面を見ると言う習慣自体が無かったので。

ですが今の生徒達は、どういうわけか暗譜はそんなに得意ではありません。それは、子供が「暗譜!?嫌だ~!」とか「覚えられない!!」とかわがままを言うのを、先生達がついつい許してしまうからです。昔は、子供が「暗譜が出来ない!」何て言ったら、先生がすかさず、「そんな事を言ったら譜面台を立てるよ!」と脅かしたものです。そうすると子供達は「先生、お願いだから譜面台を立てるのだけはやめて・・!」と懇願されたものです。

 

そういったことが、なかなか教室として続かない原因は、「先生自身が普段のlessonで暗譜でレッスンをしないと、子供はなかなか暗譜そしてくれません。」と言う事があります。

生徒は発表会で自分の弾くオケ、室内楽、ソロ、伴奏などの曲、20数曲を覚えればそれで良いのですが、先生は全ての生徒の曲を覚えなければなりませんので、(先生が50名の生徒を持っていたとして、その一人ひとりが20曲弾いたとしたら、建前では1000曲になりますからね!)暗譜する曲は少なく見積もっても数百曲になってしまいます。先生自体が普段から常に暗譜する癖を持っていないと暗譜の指導は出来ないのです。

 

そういう事を言ってしまうと、私達が指導する先生に対して、大変な努力と勉強を強いているように感じられてしまいがちですが、実は、本当はそういう事ではありません。

つまり、暗譜は習慣に過ぎないのです。

暗譜がいったん習慣になってしまうと、何の努力をしなくても、無意識に1回、2回譜面を見ただけで、或いは曲を聞いただけで、覚えられるようになります。

美和先生達がまだ小、中学生の頃は、自分の前の生徒のレッスンを見ていて、曲を暗譜で弾いていました。他人のlessonを見学するだけで、その曲のpositionや諸注意などもしっかり勉強出来ていました。

その頃の生徒達はその曲を一度もlessonで習った事がないのに、また譜面を見たこともないのに、不思議な事に暗譜で弾いている生徒が多かったのです。

今日の生徒達でも、暗譜が癖になっている生徒は数多くいます。

渉君達は譜面を持っているかどうかすら、本人もよくわかっていません。初見の暗譜(聞き覚え)をさせられることが多いので。牧野先生から「そんな曲は、もう何度も聞いて覚えているでしょう!?いまさら譜面はいらないでしょう!」と、怒られています。

生徒の中ではlessonに来るのに楽譜を忘れて、持ってこない生徒もいます。先生も暗譜で教えなければなりません。「じゃぁ、次は2段目の2小節目のこの音から弾こうか?」譜面を使わないままに、普通にlessonが始まります。

そのlessonで生徒が何処から弾くか分からなかったときには、そのときには始めて、生徒に楽譜を忘れないように厳しく注意します。「楽譜を忘れていいのは、完全に暗譜が出来た人だけだよ!」

勿論、そういったlessonが出来るのは、その段階(level)の生徒だけですよ。生徒が楽譜を忘れる時の理由は、練習不足を先生に知られたくないから・・・というケースが比較的に多いからです。練習不足でも楽しくlessonで先生と一緒に練習させてもらえるということが、子供心にインプットされれば二度と楽譜をlessonに忘れてくる事はなくなるでしょう。

 

3.一兎を追って三兎も4兎も5兎も・・を得る

勿論、「暗譜しろ!」と、親や先生がいくら言っても、暗譜できるものではありません。

学校で漢字を覚えさせるのに、毎日20個ぐらいの漢字を20回書かせるという宿題を出している、ベテラン先生のお話をホームページに書きましたよね。(記憶について)私も高校まで英語の単語を毎週20個覚えさせられて、全然出来なかった覚えがあります。

私は「アメリカでは赤ちゃんだって英語でしゃべる」と、昔は口癖のように、よく言ってきました。

そういった環境の中にいれば普通は、日本人だってアメリカで1月生活すれば相当しゃべれるようになるはずです。日本の中学校の英語教育の3年間分位は、簡単にマスター出来るようになるはずです。

しかし、アメリカにも言葉の上での大きな社会問題があります。アメリカに移民してきたプエルトリコの人達やメキシコ系の人達が、アメリカでコロニーを作ってしまって、自国の人とだけしか付き合わなくって、全く英語を覚えてくれない(何十年アメリカで生活をしてきても言葉が全くしゃべれないのです。)と言う事です。同様な問題はヨーロッパに留学している音大生にもあります。日本人同士でまとまってしまってプチコロニーを形成してしまっていて、ヨーロッパの人達の中に溶け込もうとしないのです。何のために留学するのかね?自分自身で勉強できる環境を否定して壁を作っているのですから!

 

余談はさておいて、そろそろ本題に入りましょう。

 

4.複合的な教育

教室では、幾つもの練習法があります。

それらは暗譜のメトードとも直接的に結びついているのです。

私の考え出したシステムはたった一つの勉強(課題、thema)で、幾つもの異なった成果(結果)を出すようにプログラミングしてあります。

(例えば、抜き出し練習一つを例に取っても、暗譜や指の訓練、表現などの別々の目的に対応しています。)

 

一般の音楽教室や音楽学校などでは、lessonはまず譜読みから始まります。

生徒が曲を大体弾けるようになってから、指使いや細かい部分の抜き出し練習などに入ります。大体弾けるようになったら次に暗譜のstageに入ります。

暗譜が終わったらそれから表現に入る先生が多いようです。

 

ということは、lessonでは暗譜に関して一番時間をかけないことになります。それでは「うる覚え」の場所のcheckが出来ません。蛇足ですが、一般の先生方は、表現も同様に(カリキュラム的には)一番最後に指導します。当然、表現の練習も時間不足になってしまいますよね。

カリキュラムの最後のstageに暗譜と表現が入ってしまっているのです。

 

私達の教室では、音楽の指導は基本的には暗譜でします。その癖をつけるためには、子供にphraseを抜き出して指導するとき(抜き出し練習のときに)表現の仕方も、暗譜も分解練習も・・・という風に、全てのカリキュラムを同時に指導していけば良いのです。(時短の法則)

 

5.抜き出し練習による暗譜法

暗譜の癖がついていない子供に、いきなり「暗譜をしてきなさい。」と宿題を出してしまうと、子供は、それこそ音楽嫌いになってしまうでしょう。まずは暗譜をどのタイミングで子供に指導するかですが、本当は、Beyerの段階で(ピアノやヴァイオリンを始めた段階で)暗譜の訓練も同時に始めなければなりません。そうすれば、何の困難もなしに、暗譜の癖が身に付くでしょう。Beyer等の暗譜の指導に関しては、5.の「パターン認識による記憶法」を参考になさってください。

残念ながら、そのタイミングを失してしまった場合や、途中から生徒が教室に入ってきた場合などは、その次の一つのタイミングは「抜き出し練習」の仕方を指導する時です。

教室ではBeyerの段階でもう抜き出し練習を、子供達に指導しますが、例えば、ブルグミュラーにしても、或いは発表会用の曲の一例として、クープランの名曲修道尼モニカにしても、子供が引っかかる(難しい)箇所はほんの少ししかありません。そこの部分だけをしっかりと分解練習やスキップ練習など、適正な練習をすると、直ぐに弾けるようになります。

 

追記:暗譜をさせるタイミング

私が基本的に暗譜させるタイミングは、発表会が近づいて発表会で弾く曲がしあっがて来た頃です。その頃には、譜読みに関するレッスンがなくなってしまいます。そのタイミングで、次にやらせる曲の難しい所をスクラップにしてコピーした譜面を渡します。つまり、一小節のスクラップや一段のスクラップの譜面です。そこで、いろいろな練習法(スキップ練習やarticulationの練習)を指導します。発表会が終わって、新しい曲を貰うときには、もう一番難しいところの、抜き出し練習は終わっているわけです。これも時短の法則です。

 

 

譜例1修道尼モニカ抜き出し練習譜


抜き出し箇所を設定する時には、必ず必要最低限のphraseから始めなければなりません。ですから、練習するphraseの長さは、せいぜい1小節の半分か、長くっても2小節ぐらいです。それぐらいの料でしたらいくら覚える癖がついていない子供だったとしても、それを子供達が覚えられないということはありませんよね。もしも本当に1小節の半分も覚えられないとしたら、それは生徒の先生に対してのプロテスト(反抗)か、さもなければ精神的障害に起因します。

 

ピアノの生徒には、旋律が複雑に絡み合っている場合等がありますので、その場合にはちゃんとしっかり、1声ずつそれぞれのパートを確認します。ヴァイオリンの場合はpositionなどの確認をします。しっかりと声部の確認や指使いの確認を済ませたら、リズムの変奏やbowingの変奏で練習をします。

そのときには生徒自身が自分の出している音や指使いbowing等等が正確に出来ているかを判断する必要がありますので、譜面を見ていたらそんなcheckは出来ません。必然的にその1小節だけは暗譜になります。(私がある大手の教室の若い先生のlessonを聴講する機会がありましたが、そのときに子供のピアノのcheckをする先生達が譜面にしがみついていて、生徒の指使いやtouchのcheckを見ていなかったので、「先生が子供の弾いている指使いやtouchなどのcheckが譜面にしがみついていては子供の指導は出来るわけはないでしょう?」ということを注意したのですが、「とても覚えきれない」という答えでした。その教室はカリキュラムがしっかり決まっていて、子供達が次に勉強してくる曲はちゃんと決まっているのにもかかわらず、ですが。)当然、抜き出し練習の箇所はその曲では難しい箇所になるので、そこの暗譜が出来たら、他のところは簡単なので、自然に暗譜出来るわけです。

 

6.点から辺へ(ホームページ掲載中の教育論文「辺から点へ」ではありません!)

 ( 4.の練習方の確認)

点から辺への練習法は、最初は1小節ぐらいを抜き出して、正しく弾けるようになるまで、いろいろな分解練習をするわけですが、その1小節が出来るようになったら、それで練習が終了したわけではありません。

次のステップはその1小節を含む大きなphrase、(例えば、4小節ぐらい)次は更に8小節ぐらいと練習を重ねて行って問題が無ければ始めて合格になります。これが確認の作業です。

 

7.パターン認識による記憶法

楽譜の勉強で、よく子供に同じ所を探させて、色塗りをさせますが、これも典型的な芦塚メトードの暗譜法なのです。これを「パターン認識による記憶法」と私は呼んでいます。

例えば、二部形式の曲はABACと言うphraseで出来ていますね。(実は殆どのBeyerの曲もそういう風に出来ます。)最初のA(大概は2小節)が出てきたら、そのAが次に何処に出てくるかと言う事を自分で探して色塗りをして、曲の構造を理解させます。これは右手のメロディの話ですが、左手のコードにもパターン認識による色塗りをさせます。それによって、子供達は譜面を見なくとも色を見るだけで弾けるようになります。それを繰り返して勉強していると、やがてはいちいち塗り絵をしなくとも、曲の構造が見えてくるようになり、それが出来るようになると、暗譜が非常に楽になります。

(譜例2.)バイエル教則本より16番

 

           

 

(譜例3.)バイエル教則本より18番

 

         

次の構造式はviolinを学ぶ生徒なら必ず学ぶヴィバルディのviolin concert a mollの一楽章の構造譜で、非常に複雑なものです。

ヴィヴァルディのコンチェルトはviolinを学ぶものにとって比較的に初歩の段階で学ぶ事が多いように思いますが、丁寧に勉強すると、結構学ばなければならないたくさんの課題が網羅されている、中級から上級にかけての曲として作曲されています。当然、themaの構造式も非常に複雑なものになります。ヴィヴァルディをはじめとするバロック時代のコンチェルトはその殆どがリトルネルロ形式といって、A1-B-A2-C-A3-D・・・と言う風にthemaが繰り返されている循環形式なので、一見すると、単純にthemaのA(Aはオケのtuttiの部分、B,C,D,~は独奏の部分です。)が繰り返されるように見えますが、実は繰り返されるたびに少しずつ、themaが変化していきます。

例としては:themaAが「あいうえお」と言う「言葉」で出来ているとすれば、次に出てきたときには、「あうえいお」とひっくり返っていたり、最初の「あい」が無くなって、「えうお」であったりして、一つとして同じ形は出て来なくて、シンプルに反復される古典派やロマン派の作曲技法になれてしまった音大生などには、とても覚えられないように複雑怪奇です。(間違いやすいということ。)しかし、教室の子供達にとっては曲を学ぶ最初から塗り絵などをして、パターン認識として、その違いを把握できるようになれば、(いったんそういった作曲法に慣れてしまえば)覚えるのはそんなに難しいことではありません。

(譜例4.)ヴィバルディviolin concert a moll 一楽章 tuttiの部分

リトルネルロ形式の変化

(A~Fまで)

 

 

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