orchestraの並びについて

     
               音楽よもやま話シリーズより

1.fullorchestra(フル・オーケストラ)と弦楽オーケストラ

orchestraと言われると、普通は大編成のフル・orchestraを想像されるかもしれませんね。
しかし、残念ながら、私達の教室のオーケストラは、小編成、小人数の一般には室内オーケストラと呼ばれる種類のものです。
私達のオーケストラも、時々管楽器やその他の楽器と一緒に演奏したり、コラボしたりすることもありますが、いわゆる大編成のフルオーケストラではありません。
それと区別するためにKammer(室内) orchestraと呼ぶ場合もあります。

という事で、教室を開いた当初は、芦塚児童室内オーケストラ(Ashizuka Knaben Kammerorchestra)という名前で呼んでいましたが、子供達が成長してKnaben(児童)とは呼べなくなったので、その後、教室のorchestraを何と呼ぶのか、未だに確定してはいません。

私達が教室のorchestraを、オーケストラと呼んでいるので、時々、教室に来て、金管楽器や木管楽器を持った「大編成のfullorchestraではないの?」と、がっかりされる人もいます。

子供達も大編成のorchestraに憧れて、「中学校になったら、fullorchestraでお友達と一緒に演奏したい。」と言って、教室のorchestraをやめてしまう生徒もいます。

蛇足:Knabenの意味

よもやま話なので、時々脱線しますが、あしからず!

先程も、少し触れましたが、knabenと言う単語はSchubertの野薔薇で有名なゲーテの詩、「Sah ein knab' ein Roslein steh'n(童は見たり、野中の薔薇)」と言う歌詞に出てくるknab'(knabenの略)で近藤朔風さんは童(わらべ)と訳していますが、所謂、児童と言う意味です。
・・・で、何が問題かというと、児童とは大体小学生までの子供を指す分けなので、小学生の児童とは言うけれど、中学生の児童とは言わないのです。

教室を作って、orchestraを作ったばかりの頃は、assistantの先生達を除いたら、本当に小学生だけだったので、芦塚児童室内オーケストラと呼んでいても、なんの問題もありませんでした。

しかし、いつの間にか、子供達が成長して(子供は放っておいても不思議な事に歳をとるんですね??)児童が児童でなくなった時に、改めて保護者の方から指摘されて慌てたのよね。
「さて、なんて名前を変えようか??」色々考えたのだが、名案が出ない!
と言う事で、結局、味も素っ気もなく、そのまま、Knabenを抜いて、芦塚室内オーケストラ(Ashizuka Kammmer orchestra)にしました。
Ashizuka Kammer Streicherと言う呼び方も、一案にはあったけれど、KammerとかStreicherとかじゃあ、「なんのこっちゃ分からん!」 と、周りの人達に言われて却下になりました。
英語にそのまま訳してAshizuka-chamber-strings という手もあったのですが、それも、結局は一般的ではないそうですのでね。

先生達のバロック・アンサンブル(baroqueensemble)の方はFiori musicali baroque ensembleなんて、かっこいい名前が付いているのにね。

本文に戻って

 しかしながら、実はorchestraで、より高度な弦楽器の専門的な技術を学ぶためには、フル・オーケストラよりも、同属楽器で構成されている弦楽オーケストラの方が、より多彩で弦楽器特有の高度な技術を身に付けることができるのは当然のことと言えます。
それぞれの楽器の整合性が高いので、より緻密な高度な音楽を追求する事が出来ます。
勿論、管楽器も同様にブラス・アンサンブルやブラス・orchestraの演奏団体も多数あります。
・・・・というよりも、fullorchestraよりも団体の数は多いでしょうね。
反対にマイノリティーな単一種類の楽器のorchestraをあげるとすれば、その筆頭は打楽器のorchestraになるでしょうか?
殆ど、近、現代の曲を演奏しますので、ちょっとマニアックなオーケストラになってしまいますが。

また、色々な音色の楽器が集まっているfullorchestraは、華やかで多彩で表現力に優れている反面、正確なpitchが取れない、とか、ピュアーなハーモニーの響きがないとかの色々な欠点もあります。
orchestra自体は、派手派手しく、華やかであるけれど、オケを演奏する技術としては、各partに、それぞれの楽器的な技術が分散するために、それぞれの楽器の技術levelは、単一の楽器で構成されたorchestra程は、難しくはありません。

まあ、私としては、どちらもそれぞれの良さがあるので、良し悪しではなく、それぞれの曲とジャンル(genre)なのですがね。

私はオーケストラの種類を、よく絵画のジャンルと比較して、fullorchestraを華やかで重厚な油絵に喩えて、室内楽を単一の色彩で表現される水墨画に喩えます。
室内楽は華やかさに欠けるので、一般的には取っ付きが悪いようなのですが、その分、 奥が深く、「お友達と親友の違い」のように、付き合えば付き合うほど、その良さが分かってくる分野でもあるのです。

ちなみに音楽の神様といわれているBeethovenは、自分の作風を研究する時に、まずピアノの分野で作曲をして、それが確立するとorchestraで作曲をします。
そして円熟期にはそのスタイルを室内楽に持っていって、そのジャンルで作曲するという、作曲のサイクルを繰り返していました。

蛇足:学校オケについて

ちょっと、極端な話かもしれませんが、同じオーケストラという「括弧括り」で、「教室のオケは室内オケだし、学校のオケはfullorchestraだから、学校のオケに入れば??」と教室の生徒さんや保護者の方にアドバイスをしている部外者の人が居たそうです。

日本人の一番悪い癖は、同じ名前だと全て同じに捉え、把握してしまうという所です。

だから、音楽教室と言うと、世間で言う所の音楽教室と同じ括弧くくりにされてしまって、「音楽大学に進学するのなら、音楽大学の先生につかないとね!」なんてアドバイスに惑わされて、結局、将来の目標を見誤る人が出たりして困ってしまいます。

本当に日本人は括弧くくりが好きです。
だから、一般の大学受験生が大学を選ぶ時にも、「**大学を受験します。」とは、言うけれど、「何故、その大学?」という理由はありません。

単に学校のlevelが高いから・・という貧弱な理由なのです。
また、「お宅の出身大学は?」と聞く人も、「何科のどの先生の元で勉強したのか?」ということは聞いてこないのです。

外国では、音楽大学を受験するのに、どの先生の下で勉強するのか、予めその先生に連絡をとって、先生のクラスが空きがあるかを先生に確認して、先生が自分を門下として認めてくれるかを確認してから受験します。
つまり、その先生の空きがない限り音楽大学に入学出来る事はありません。
だから、その先生の教室の空きが出来るまで、5年待ち、6年待ちという事もざらにあります。
しかし、日本の音楽大学では、受験の時に、先生が生徒を選ぶ事はないし、生徒が先生を決める事も許されません。

勉強をしに行くのに、どの先生の門下になれるのかが分からないというのは、本当に不思議な話ですよね。

話は相変わらず脱線したままですが、そういう音楽教室という同じ括弧括りのために、私達の教室は、大変困っています。

私達の教室も、民間の音楽教室としては、鈴木やヤマハと同様にサービス業としての意味合いが強いのは事実です。

でも、日曜日のオケや室内楽のコースは、私の個人的な教育の理念(所謂、芦塚メトード)を具現化するために、営利を無視して、先生達のボランティア(無料奉仕)でやっています。

つまり営利目的ではないので、そこに私の音楽教育に対しての確固としたconceptの上にcurriculumが設定されています。

この教室を始めた目的は、何か?・・・というと、音楽の世界でプロを養成しようと思ったら、音楽高校や音楽大学で、音楽を専門的に習っても、その時には、もう既に遅いのですよ。
最低、中学生までに、その世界に、のめり込んで、ちゃんとした技術を習得していないと、音楽を職業として活動していく事は無理なのですよ。

音楽大学で、音楽の基礎の勉強が出来る分けはないのですよ。
これは当たり前の事です。
音楽大学で勉強するのは音楽の一般論であって、proとしての技術ではないのです。
音楽のdilettanteは養成出来るかもしれませんが、音楽のproを養成するのは無理です。
音楽の勉強は、プロとしての、考え方や生き方を学ぶ事であって、技術を幾ら学んでもproになれる事はないのだよね。
それが一般の人には分からない。
音楽なんて、所詮、徒弟制度の世界なのだな!これが・・・・!

ということで、私の日曜日のオケ室内楽の目的と意義は、大学で幾ら熱心な生徒に音楽を指導しても、所詮は間に合わない、・・・それこそフランスのコンセルバトワールのように、(コンセルバトワールの形態は、学校が終わってから駆けつける専門学校の意味なのですよ。)毎日曜日にプロフェッショナルの技術と考え方を子供達に身につけさせてやりたい。
音楽で本当の本物を学ぶ事が出来れば、例え音楽に進まなくても、ありとあらゆる分野でproになる事が出来るだろうというconceptなのです。
つまり、職業は幾らあっても、proは一つしかないからなのですよ。

大学の先生で、幾ら熱心な生徒であったとしても、熱心であればある程、一旦身に付いた悪い癖を抜くには、それ相応の時間が掛かります。
ハッキリ言って、大学の4年間で、悪い癖を抜いて、基礎をもう一度叩き込むと言うのは、無理なのですよ。
それなら、何も悪い癖の付いていない子供達を指導した方が、100倍も効率が良い、・・という事で、音楽大学の先生稼業にすっかり嫌気がさして、コンセルバトワール形式で音楽教育を始めたのです。

私が一人で、助手の先生達と音楽を指導している時には、それでも良かったのですがね。
教室を卒業して「教室の先生になって、教室に残りたい!」という、有り難い申し出があって、教室を会社にすると、勿論、そういった、理想の部分だけでは先生達のタツキの糧を支給する事は出来ないので、通常の普通の音楽教室の部分も、教室にはなければならないのですよ。

(ちなみに私は音楽教室に私財をつぎ込んでいるので、音楽教室を経営しなくなれば、金銭的には逆に助かります。でも、そうすると、私を慕って集まってくる人達もいなくなるし・・・、人間、年を取ると、人から忘れ去られて行くのです。・・と言う事で、自分の周りに、人を残すか、自分の老後のお金を残すかの話ですよ。)

愚痴愚痴言ったのですが、要は、日曜日のオケ・室内楽や対外出演に関しては、音楽教室の枠の中で判断されては困るという事なのですよ。

「音楽教室なのだから、生徒にこれぐらいの便宜を図っても当たり前なのでは?」

違うんだな〜!これが・・・!!  
確かに平日のlessonは音楽教室なので、いろいろとクライアントの便宜は図るけれど、日曜日は、教室の営業活動ではないのだよ。
私達のボランティア活動なので、別に教室の生徒で無くても、会費さえ払ってくれれば、何所の教室の生徒でも、課題曲が演奏出来るlevelさえ到達できていれば、参加できるのだよね。
ただ、積極的に呼び掛けをしていないから、そういった生徒が少ないだけで、これまでも、外部からの参加者が全くいなかった分けではありません。
ただ、技術的に付いてくるのが、非常に難しいから、折角教室のorchestraに参加しても、中々続かないのです。
ただ、オケを楽しもうとするだけなら、千葉にも習志野にも、それぞれの学校にも沢山orchestraは、あるしね。

括弧括りというのは、日本人にいろいろな場所で、いろいろな判断を狂わせているもとになっているのだよね。

塾の話とかもね。
親が話をする子供の将来の幸せの大前提に、子供がどうしたいか?何をしたいか?ではなく、周りと同じ事をさせないと不安になってしまうという親の独特心理がある。

私は姪っ子達にも、「学校は将来、何を自分がやりたいかを探しに行くためにある。だから、自分がライフワークとしてやりたい事があるのなら、高校に行く必要はないし、大学に進学する必要もない。尊敬できる先生のもとで修行を積めばよいのだから・・・。」
「しかし、まだライフワークが見つからないのなら、高校や大学に行って、自分は本当に何をしたいのかを探しなさい。」とアドバイスをしていたよ。 
但し、親(姪っ子だから、親は私の兄貴ですがね。・・・)は何が何でも、高校と大学だけは・・・と、ほざいていたがね。無駄な努力なのにネ。
話をまたまた本題に戻して・・・・・

中、高生の学校のorchestraが、音楽を趣味として、音楽好きの学校の生徒達同士、仲間同士の、orchestraという共通のthemaとして友達と交流できるクラブ活動として捉えるのなら、orchestraはとても有意義にその役割を果たしてくれるでしょう。

しかし、もしも、その生徒が「音楽を専門に勉強したい。」と思って、学校のorchestraに入るのならば、学校のorchestraと、私達の教室のorchestraは全くの別のものであるとお考えください。
教室のorchestraは、音楽の、専門的な技術を習得するためのorchestraだからです。

音楽教室でviolinやチェロやピアノを学んでいる生徒達が、小学生の高学年から、中学校に入る年齢に達すると、学校のorchestraやブラスに目が行くのは、子供達の成長という意味において自然な流れなのです。

子供達が最初に社会人になるための勉強、同世代とのcommunicationの時代、所謂、心理学的に言う所のギャング・エイジという年齢です。
という事で、何かという事ではなく、その時に自分がもっとも得意とする分野で、「お友達と一緒に何かをする」という事に興味が行きます。
その方が周りの友達に認めて貰えるし、自分も楽だしね。
ですから、それまで教室で勉強していた弦楽オーケストラから、学校のオーケストラに興味を示して、入る生徒もいます。

しかし、本当に自分が見えている生徒は、学校のorchestraに一生懸命のめり込めば、のめり込むほど、学校のオーケストラでは、何かしらが、物足りなくなってきてしまいます。
勿論、それは学校オケに限った話ではなく、テニスやバスケやという全ての部活動に同じことが言えます。
それは当たり前の話で、学校オケは、あくまで生徒達の集団生活を育成する所であり、音楽や楽器の技術を極める所ではないからです。
学校オケには各楽器の専門的な技術を指導できる先生は殆ど居ないでしょう。
という事で、よく部外から専門の先生を呼んで指導の手伝いをさせますが、それは全ての楽器が演奏指導できる指導者ではありません。音楽大学ででもない限りそこで専門的な技術を学ぶ事は不可能です。
学校オケに参加している生徒の大半は、音楽が目的ではありません。お友達と集団で何かをやりたいだけなのです。そして、その材料として音楽があるだけなのです。だから殆どの生徒達は部活動の目的と水準はそれで充分なのです。
しかし、たまに部活動からの枠をはみ出して熱中してくる生徒もいます。そういう生徒達にとっては、若さのパワーと情熱だけで乗り切ろうとする部活動に不満を感じてくる生徒もいます。
私達の教室の生徒達で、オケを勉強していた生徒で、中学生になって学校の部活動に熱中していた生徒達も、部活動の限界が見えてきて、お友達との意識の違いも分かってくると、急激に学校のオケや部活動に対する情熱が冷めてくると、また再び教室の専科オケに戻ってきて、プロを育成するための超ハードな練習を楽しむようになります。



2.オーケストラの並び方

orchestraの並びは基本的にはフル・オーケストラも弦楽オーケストラもおなじです。
フルオーケストラの管楽器の配置を書かなかったのは、管楽器群は、楽器の中で一番大勢を占める弦楽群の並びに準じて配置されるからです。
それ以上に管楽器は曲毎に楽器の種類や演奏する人数が変わります。
ハイドン等のオーケストラの初期の時代の2管編成の場合や、ワーグナー等の作曲家による大オーケストラのように、4管編成から、8管編成という巨大なものもあります。
同じ2管編成の場合でも、舞台の広さやひな壇の高さに応じても、或いは指揮者の好み(これが一番かな?)によっても、配置が換わります。
つまり、なんとなくaboutな配置はありますが、「本当はこれ!」といったものはないからです。
勿論、オケの団員や指揮者は、「自分達の並びが基本で、それが原則です!」と、怒ってくるのが見えるようですがね・・・・・。

ですから色々なオーケストラの並びと総称されるものは、基本的に弦楽オーケストラの並びによって決定されます。

現代で、 一番オーソドックスな並び方は、客席から向かって左から、楽器の音域順に、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、
ヴィオラ、チェロ、という順になる並びです。
コントラバスは上手側(客席から見て右側の、ヴィオラとチェロの後ろに並びます。
楽器の音域順に、順番に並んでいるので、これを教室では、仮に
順番型のオケ並びと呼んでいます。
一番基本的な並び方です。

これに対して俗に
ミュンヘン型と言われているオーケストラの並びがあります。
グスタフ・ノイマンさんのバイエルン・放送交響楽団が良く使っている並びだからです。
中音域を支えるヴィオラを右端にもってきて、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、
チェロ、ヴィオラと並べます。コントラバスの位置はオーソドックスなオケ並びと同じ並び方です。
この並びは音がこもり易いviolaが客席側にあるのと、チェロが客席に向かって正面に相対するので、楽器の響きがよく、オーケストラ全体の響きが、とてもバランスよくとけあって良い響きがするので、日本のorchestraも、よくこの並び方をする事があります。

今現在、世界中のorchestraはこの2種類の弦楽器の並び方のどちらかを採用して、演奏をしています。
世界の標準のオケ並びと言う事が出来ます。

金管楽器や木管楽器の並びは、定型の並びを作る事は非常に難しいのです。
その理由は、オーケストラの曲は、その曲、一曲毎に、何の楽器を使用するかが、異なるからです。
ですから、金管楽器や木管楽器を何処に配置するかという大雑把な定型はありますが、それぞれの楽器を何処に配置するか?迄の細かい決まりはないのです。

つまり、幾ら細かい決まりを作っても、曲によって、その楽器の使用頻度や、使われ方も違うし、楽器の種類もその都度、曲毎に変わってしまうからです。

ちなみに、orchestraの並び方は基本的には、指揮者が決めます。
指揮者は絶対君主なのですから!
基本的と言ったのは、頑固なオーケストラでは、そのオーケストラの並び方を変えないオーケストラもあるからです。


蛇足:

と言う事で、当然、ここで世界中の有名なorchestraの或る曲と、その曲に対する並び型の写真を掲載したかったのですが、ホームページ上では、プロのオーケストラの写真は、やはり、著作権や肖像権がうるさいので、写真を掲載する事は出来ません。
私の部屋には、資料として、結構、世界中のorchestraの写真が沢山あるので、一番カッコいいのはやはりカレンダーですが、それをスキャンして掲載する事は出来るのですが、ホームページは公共性の場所なので、それは出来ません。
すこぶる、残念です。


話は、佳境に入って、・・・・誰もが疑う事のないこの
二種類のorchestraの並び方は、驚く事に、本当は第一次世界大戦以後、或いは第二次世界大戦の後で、確立した並び方なのです。

当然、20世紀に入ってからの事ですから、「誰がこの並び方を始めたのか?」という事は、資料的にも、かなり詳しく分かっています。
でも、私は不親切だから「誰が・・・・・」とは、書きません。
何故なら、資料を調べ始めると、諸説紛々で、それこそ、19世紀の後半まで戻ってしまうからです。
所謂、元祖争いになってしまうからですよ。
家が元祖だ!否、家元はこっちだ!!
いずれにしても、ストコフスキー辺りが、オケの並びを確率して、アッという間に世界中にその並び方が広がって、定型になったと言うのが一般的かも知れません。詳しいお話は「大崎 滋生さん」の本を参考にしてください。
残念ながら私はまだよく読む機会がないので・・・。
私の資料とはまた少し違う主張のようなので、是非読んで見てください。

いずれにしても、・・・・
いや〜、それは驚いたねぇ〜??

つまり、古典派の時代ではなく、SchumannやBrahms達が活躍したロマン派の時代ですら、traditionalな昔のオーケストラの並び方をしていたのです。

では、昔のオーケストラの並び方というのは、いったい全体どういうならびかただったのでしょうか?

実は、baroque時代から、古典派、ロマン派、近代に至るまで、オーケストラの弦楽器は、左から、1st,violin、
cello、viola、2nd,violinの順に並んでいました。
そして、
1st,violinとcelloの後ろにKontrabass(なんと下手側!!)にならんでいたのです。
この並び方の基本になったのは、Haydnが残した、自分のorchestraの演奏に対してのセッティングを指示したメモ書きによります。
それ以降の音楽家達はHaydnの残した資料に従ってorchestraの並びを決めています。
この並び方を教室では、
「Haydn並び」と呼んでいます。
Haydnの名誉のためにも、確認しておきますが、Haydnが常にその並びを使用していた分けではありません。
オーケストラの規模が大きくなって、オーケストラが舞台に乗り切れなくなると、当然、その都度並びも変わってきます。
今日残されている、一番面白い型は、1stviolinと2ndviolinが左右に並び、それぞれの後ろにviolaとcelloとKontrabassが二手に別れて、その後方に配置されるスタイルです。
まだ専門の演奏会場が無かった時代の苦肉の策と言えるかも知れません。
つまり、会場の規模やオーケストラの人数でその都度、最良と思われる並びを作って行ったのです。

もしも、後、1st,violinが左手に移動してしまうと、現代のオーケストラの並び方と全く逆さまの並び方になってしまいますよね。

しかも、くどいようですが、その並び方が、な、な、な、何と!20世紀の初めまで!!!一般的な並び方だったのです。
(敢えて、言っておくと、これも諸説紛々なのですよ。 だって、演奏する人数もその都度違うわけだし、昔は、今ほどきちんとした定まった人数で演奏していた分けではないので、並びもそんなに今のようにきちんと決まっていたのではないからです。)


3.私達の教室のオーケストラの並び方のconcept

という事で、伝統を重んじる(一義に考える??) 私達の教室では、基本的にはそのbaroqueから古典派、ロマン派まで、続いていた本来の伝統的な並び方を、する事が良くあります。
先程の「Haydn並び」の並び方は、実はHaydnが考えた並び方のように、一般的には言われていますが、実はそうではありません。Haydnよりも前の、バロックの時代から、そう並ばれていた
「バロック並び」でもあるのですよ。
教室でorchestraの生徒達に 「この曲はbaroque並びでやるよ!」 というと、それは
「baroque並び」と同時に「Haydn時代の古典派の並び方」も兼ねるのですが、一般的にはbaroque演奏で超有名な「イ・ムジチ」ですら、そういった伝統的な並び方はやっていません。
勿論、イムジチは、violinも現代のviolinで演奏しているし、pitchだけは珠にバロックのpitch(A=415)で演奏している事はあるようですが、基本は現代のスタイルによる演奏です。

教室のbaroque並びは、世界中でも珍しいtraditional(伝統的)な(??)orchestraの並び方なのです。

しかし、アイロニカルで、ヒネた私は、バロックの音楽を演奏する時には、orchestraの並び方にもう一ひねりを加えて、現代では、教室独特の
「orchestra並び」で発表会や対外演奏活動の時には並んでいます。
このオーケストラの並び方は、Vivaldiやcorelli等のbaroque時代の作曲家の音楽の立体性、ステレオ型の性格を生かしながら、現代の一般的な並び方になれた一般の方達のために、両方の良い所取りの並び方で、1st
,viola,cello,2ndと並んで、当然、オーソドックスに2ndとcelloの後ろにKontrabassが来る並び方です。
実は、この並び方は19世紀の後半から、20世紀に入るまでのオーケストラの一般的な並び方だったのですが、その時代にはバロックの演奏は行なわれていなかったので、通常のオーケストラの並びとして、使用されていたのです。
私の場合には、通常のバロックや古典派の音楽の場合には、バロック並びか、教室のオーケストラの並びを使用しますが、ロマン派や近現代の演奏をする時には、標準型かmunchen型の並びを使用します。


4.何故今更、baroque並びなのか?
VivaldiやcorelliやBach達が活躍した複音楽の時代では、演奏された場所が教会であった場合が非常に多かったのです。
ですから、歌は祭壇で神父様が歌ったり、orchestraはorgelと同じ上手側のサイドか、後ろのorchestraボックスに位置することが多かったのです。
Bachはカンタータ等で右側と左側の天井桟敷を利用して、天上から天使の歌声が聞こえてくるように合唱を配置しています。

つまり、baroqueの作曲家達は現代の作曲家以上にステレオ、・・いやサラウンド効果に卓越していました。
ですから、多くのbaroque時代の作品が、常に1st と2ndのパートの交唱、(所謂、キャッチボール)をします。
その立体効果(サラウンド効果)が最も生かされるのは、実は、現代的なオーケストラの並び方ではなくって、baroque時代からのトラディショナル(伝統的)な本来のオーケストラの並び方なのです。

そういったキャッチボールの面白さ、baroque音楽の面白さを最大限に引き出すために、教室では豊かな響きのする現代的なオーケストラの並び方ではなく、traditionalなbaroqueの並び方をしているのです。

 
5.basso continuoの並び方
baroque音楽は通常「ritornellol」という形式で作曲されています。「ritornellol」は適切な訳語がなく、循環形式とも訳されていますが、orchestraの部分とsoloの部分が交互に出てくる形式だと思ってください。

orchestraの部分は全く同じに繰り返されるのではなく、繰り返されるたびに少しずつ形を変えます。A:「今日はとても良い天気だ。」とすると、2回目に出てきたときにはA´「今日は良い天気だ、」、3回目はA”「とても、とても良い天気だ。」と姿を変えていきます。その間、間にsoloのグループはsolo楽器と通奏低音のチェロとCembaloを従えてsoloのテクニカルなpassageを弾きこなしていきます。(技術をひけらかして・・・と言った方がよいのかな??)

baroque・solo・concertoの他には、より大きな演奏形態であるコンチェルト・グロッソというジャンルがあります。
これは音楽上(作曲上)の形式は、そのままritornellol形式である事には変わりはありませんが、演奏形態がsoloではなく、baroque時代のもっともポピュラーな演奏形態であったtriosonata(二本のsolo楽器と通奏低音のチェロとCembaloの組み合わせ)と、stringorchestraが協奏する演奏形態のジャンルです。

いずれにしても、通常、一般的には ソロ・グループ(ヴァイオリンコンチェルトであればソロヴァイオリン、チェンバロ、通奏低音のチェロ)はオーケストラのmemberの中で演奏します。
意味が分かりにくいですね。
つまり、soloの人も、通奏低音soloのチェロの奏者も、オーケストラの中で演奏すると言う意味です。

私の場合には、baroque独自のbasso continuoのグループを、ソリスト群として捉えて、orchestraのセンターにsoloグループとして配置します。

このbaroqueconcertoの独特のセッテイング法は、私独自の考えに基づいたものです。

右側の写真では、cello-soloの子供がお花の前でsolocelloを演奏しています。
basso continuo(通奏低音)celloを担当するお姉さんは、同じbasso continuo(通奏低音)を受け持つCembaloのお姉さんと、ほぼ同じ位置で演奏しています。
オーケストラのcelloはオーケストラの楕円軌道上の位置に居ます。

特筆すべき事は、この曲の並びはなんとbaroque並びではありません!
1stヴァイオリン、2ndヴァイオリン、ヴィオラ、チェロと、その後ろにコントラバスが位置する現代の通常の並び方になっています。
その理由はこのチェロのコンチェルトにはファースト・ヴァイオリンとセカンド・ヴァイオリンの交唱が出てこないから、baroque並びの特性が生かされないからです。

この曲の場合には、寧ろ、オーケストラ全体の響きを優先した方がよいからなのです。

ちなみに、ソロ楽器は出てきませんが、Pachelbelのcanonは、1st,violinと、2nd,violin,それに3rd,violinという同じ種類の楽器がカノンという追いかけっこをする形になります。
ですから、追いかけっこの音楽の立体性がもっとも生かせるように、左から1st,violin、3rd,violin、cello、2nd,violinの順に並んでいます。
この並び方も教室独自の並び方になります。


6.orchestraの歴史
Vivaldi時代のbaroqueの時代には、通常は指揮者もいませんでした。
ソロヴァイオリンの人が指揮者の役も兼ねていたのです。
当時のorchestraは、オーケストラと言っても弦オケだけなので、orchestraの団員の人数も通常12〜15名ぐらいでした。(それでも大きい方かもね!?)
それにソリストや管楽器が曲にあわせて、その都度、補充される形をとっていました。
俗に言うトラよ!トラ!

Haydn、Mozartの古典派の時代になると、弦楽器の人数も増えて大人数になってきます。
とは言っても、私達が考えるオーケストラの人数とはまだまだ隔たりがあります。

で、ここで恒例の蛇足:
イ・ムジチの編成
イ・ムジチは1952年聖セチーリア音楽院の卒業生12名によって組織されました。
当時の編成はヴァイオリン6、(所謂、1st、2ndの合計です。)ヴィオラ2、チェロ2、コントラバス1、Cembalo1です。
この人数は、baroqueensembleとしては、オーソドックな(標準的な)編成だといえます。
管楽器はそのつど、外部から入れて演奏していました。

古典派になると、少し編成も大きくなります。
Haydnの残している資料によると、1stが8名、2ndが6名、viola、4名、cello、4名、Kontrabass、な、な、何と4名だそうです。

では、何故、baroque時代にはfullorchestraがなかったのか?
それは、管楽器の発達の歴史に関係してきます。
Haydnの時代には、まだベームが管楽器を改良する前だったので、クラリネットはまだ一般的ではなく、他のクラリネット以外の管楽器も自然管なので演奏は超人的で大変難しかったのです。
という事で、もし一般的な2管編成のオーケストラと言っても、金管楽器抜きの、クラリネット抜きの木管・・・・flute、oboe、fagotto・・と、運よくhornかな??
勿論、2人ずつ!
でも、管楽器は自然管なので、実際にはどんな音がしたのかは、想像に難くはありません。
10発の内に9発は外れても仕方がないかもね。
興味のおありの方は、自然管で演奏したHaydnのシンフォニーのCDがあるそうなので、聞いてみてください。(私のは何と、オープンリールなので、目下聞くことが出来ません。当時はオープンリールが一番音が良かったのでネ!)
ということで、baroque時代も古典派の時代も、作曲家は基本的には弦楽オーケストラのために作曲をしました。
それに、その時に作曲家の身近に優秀な管の奏者が居たら、適宜に、曲の中に管のパートを取り込んだのです。
ですから、Stamitzや初期のHaydnの作品等は、管楽器がいなくても演奏には困らない曲が多いのです。

私がまだ音楽を勉強し始める前の中、高生の頃の話ですが、Beethovenのシンフォニーの譜面(スコアー)を初めて見て、「Beethovenは何で管楽器にこんな変な(不自然な)動きをさせるのだろう?」って疑問に感じていました。
でも、当時、音楽の先生でシンフォニーのスコアーなんか見る先生はいなかったし、ブラスも等々、私が高校を卒業するまで無かったんだよね。
そんな、戦後の段階の世代の時代さ!
当然、その疑問に、質問しても答えてくれる先生はいなかったね。
ただ「Beethovenの時代の管楽器は、全部、自然管で出来ているから、その書かれた音しか、出なかったのだよ!」と教えてくれればよかったのですがね。
今は、戦後も66年ぐらい経っているから、そんな初歩の初歩の事ぐらい、何所の中、高の先生でも、ホイホイと答えてくれるよね!    
ネ・・? ・・・・ネ・・・???