打鍵の位置について

打鍵の位置とは、打鍵した瞬間に鍵盤と指が触れる位置を言う。

ピアノは鍵盤上のどこの位置をたたいても、一見同じような音が出る。このためにピアノを指導する人で打鍵の位置を、正確に指定する人は非常に少ない。しかしながら、(特に子供にとっては)白鍵の1番手前を弾くのと、いちばん奥を弾くのではtouchの重さに大変な違いがある。

と言うわけで、音の粒が不揃いで苦労をしている子供達の多くは、指の形が延びきっていて、touchした瞬間の、打鍵の位置が不正確なことに原因がある場合が非常に多い。また、打鍵の位置の不正確さは、misstouchを惹き起こす。(misstouchの原因の多くは、指使いの間違いと打鍵の位置の不安定さにその要因を見出す場合が殆どである。)

 

指の長さ

また、一生懸命練習するにもかかわらず、音がそろわないで困っているピアニストたちの多くが、指が大変長い美人の手をしている。特に、指先が細くすっきりとしている人達は、指を立てて弾くと爪が当たって、指が滑ってしまったり、カタカタと鍵盤と爪の音がしたりして、指を丸くすることが出来なくなったりする。

美人爪

指が短く真ん丸な手の生徒たちは、必然的に打鍵の位置が一定しているので、音の粒が苦労しなくとも揃い易い。

しかしながら、練習を続けて行くことによって、ピアノの演奏に適した手の形を作っていくことが可能である。私もピアノを始める以前は、そういった美人爪であったのであるが、少しずつ爪切り深爪をしていって、肉を盛り上げて、今の爪(指の形)を作り上げた。但し、2の指(人差し指)だけは、どうしても爪の前に肉がつくことはなかった。

同様に、プロのテニスプレイヤーたちが、右手が左手に比べて2、3センチも長いということも、マンガ家のペンダコも、似たような物である。長年の訓練の結果、手が自然にそういう形になって行く。

指が短い人たちは、指の長い人たちに比べて、音の粒は揃い易いのだが、その反面、和音を掴みにくい・・・という欠点がある。

よっぽどのことがない限り、指の形という物は、あくまで「帯とたすき(襷)」の世界にすぎない。(帯びに短く、襷に長い・・・・どちらが良いとは言えない。)

 

 

また打鍵の位置の問題は、ただ単に音の粒の問題にかかるだけではなく、misstouchの根本原因でもある。そのためにmisstouchで苦労しているピアノの学生たちが、打鍵の位置に留意することなく、腱鞘炎になるほど一生懸命に練習をしても、本番ではやはり必ずmisstouchをしてしまう、という悪循環を繰り返している。しかしながら,先生や学生本人は、misstouchの原因が「精神力の弱さ」としか思わないので、的を外れた練習を繰り返し、(まあ、気の毒に、)永遠にmisstouchが治る事は無い。

今現在ではヨーロッパで活躍中の昔の私の生徒も、私の元を尋ねて来たときには、ポロポロミスのオンパレードで、それが原因でコンクールに出ようとすると腱鞘炎になり、入賞できないというよりも、コンクール自体を受ける事さえ出来なくなって、私の元に勉強のやり直しに来た。

その生徒を蝕んでいるピアノの病の原因は、大きく分けて打鍵の位置と、指使いの論理性(整合性)のなさであった。

打鍵の位置が常に不安定な上に、指使いの論理的(整合性)がないことは、指に過剰な負担をかけたり、練習しても技術的な伸びを阻害する根本原因になっていた。

その2点は原因が明確になると、音大の卒業生なので、自分で直していくのには、そんなに時間はかからない。最初の2,3年で自分の欠点を克服し、私の元で勉強している間の5年間(残りの3年間)でA,B,Cの三つのプログラムを作って、(ロング・バージョンなので、全部で7時間半のレパートリーを持って、)ヨーロッパに旅立つ事になった。

打鍵の位置を正確に決めて行くことは、misstouchで悩む人達の、そういったcarelessmissを克服するための、最も効果的な手段であり、安定した全くmisstouchのない表現力に富んだ演奏をするための、一番の近道である。

苦言

ピアノを習い始める初心者に、初歩の指導者が幾ら丁寧に、打鍵の位置やtouchの基本を指導しても、ある程度上級になって、chopinやListなどの作品が演奏出来るようになると、そういった初歩の基本を忠実にフィードバックして、指導する先生は、極端に少なくなる。あたかも、「そんな初歩のテクニックは馬鹿馬鹿しくって、私の所では、そんな事は指導してないわよ!」と言わんばかりである。まるで、「難しい高度なテクニックが別にある」と言わんばかりだ。

そのために、折角、とても良い手の型や打鍵の型をしていても、音大の先生の所に入門した途端に、いつの間にか、めちゃめちゃな手の型や打鍵で演奏するようになってしまう。曲の演奏の難しさが、打鍵などの基礎の忠実な演奏を困難にするからである。そのときに基礎に戻れる生徒が、プロになれる生徒であり、生徒の勉強を基礎に戻す事の出来る先生が、プロの生徒を養成できる先生である。

本当の上級のテクニックなどと言うものは無い。

曲が難しくなればなるほど、初心に戻る事がプロになる秘訣である。

Listが弾けるようになったら、Beyerに戻るんだよ!

 

 

 

鍵盤上の一番ベストな打鍵の位置

A:挿入:基本の位置(白鍵のみの打鍵の位置)

 

 

B:挿入:黒鍵を含む打鍵の位置(Beyerの69番~70番)

解説:

(注a)の部分は白鍵のみの基本の打鍵の位置と同じである。

(注b)では黒鍵fis の打鍵の位置を基準にして(fisに対して)、一番リスクが少ない位置に手全体を持っていくために、殆ど基本の位置のときの、2の指の位置と同じ位置に1の指を持っていく。

そうすると(注c)の3の指は黒鍵よりも内側に打鍵する。そうすると、fisとは殆ど同じ位置で打鍵できる。本来的(正しくは)には(注d)のGの位置はbの1と同じ位置にならなければならないのだが、4の指のリスクを避けるために、黒鍵ギリギリに5の指を持っていく。それによって、行の4の指を安定させる事ができる。

そういったことを、鍵盤上でシールで表すと次のようになる。

 

 

より高度な打鍵の位置の話

文字通り同じ音を繰り返し弾く事を、同音連打という。

同音連打に関しては、上級者はいざ知らず、Beyer程度の初心者に関しては、正しく指導された生徒を見受ける事は非常に少ない。ピアノの初歩を指導する先生で、同音連打のテクニックを知って指導している先生は極めて少人数である。

 

初めての同音連打、Beyer教則本より(予備練習64番)

Beyer教則本より 同音連打の練習曲72番

同教則本より 73番

同音連打は難しい割に、課題が少ない。だから、先生や父兄、生徒達から「同音連打は、何故、同じ指では駄目なのか?」という質問をよく受ける。

確かに、初歩の教材であるBeyer教則本程度の、ゆっくりとした曲では、同じ指で弾いても、何等問題は無い。

しかし、Beyer教則本はEtüde(練習曲)としての教材であり、このlevelでゆっくりとした段階で、きちんと同音連打の奏法を学習しておく事が大切である。

Beyerの早い同音連打の例

Beyer教則本 100番

Beyerの次のstepであるCzerny30番教則本程度の教材でも既に、同じ指で弾くことが、難しい練習課題の曲が出てくる。

(勿論、このCzernyの教本でも、同じ指で弾くことは、不可能ではない。しかし、ずっと間違えた指使いで練習していると、指を痛めるなどの弊害が出る。)

 

(Czerny30番より 12番 ト長調)

 

(同教則本より、26番 ト短調等)

同じ音を、同じ指で弾くことは、ゆっくりしたtempoでは、何等問題は無いのだが、tempoが上がってくると、同じ指で演奏すると、過度に神経を使う弾き方になってしまって、筋肉や神経などを痛めて、腱鞘炎になってしまう。また、ピアノ自体の機構的にも、同じ指で弾くことは鍵盤が戻り切らない内に、再び弾く事になり、touchの正確性(音の粒の正確さ)を欠くことになる。そのために、同音連打の指替えは大変重要なテクニックになる。つまりBeyerの72番、73番の練習は、後日、より高度なテクニックを要する曲を演奏する技術を習得するための、重要な予備練習として捉えなければならない。

最も多い間違えた同音連打の弾き方

同音連打の弾き方は、それがBeyer程度のゆっくりした曲であれば、指先をすぼめるような誤った弾き方でも充分対応が出来る。しかし、それでは、打鍵の位置はめちゃめちゃになってしまい、misstouchを惹き起こしてしまい、演奏の確実性(安定性)にかけてしまう。

正しい同音連打の弾き方は、正しい正確な手の型をキープしたまま、手首を楕円に動かして、同じ打鍵の位置を正確にtouchする事である。

繰り返し述べるが、同音連打の奏法で、一番大切な事は、「touchの位置が常に同じである」ということである。それが音の粒の安定性を生み出す。

 図挿入(仮の図)

シールの位置の軌跡が楕円になる。

 

 

このページは、あくまで打鍵の位置についてだけの、お話である。

touchそのものについてのお話は、別文章として、別のページに掲載している。

とりあえず脱稿(2008726日)
一静庵にて

芦塚陽二拝