子供がぐずぐずする。
練習をダラダラしてしまう。
時間というものは不思議なもので集中をして好きなことに対して集中をしていると、1時間、2時間、あるいは3時間、4時間の時間が、あっという間に過ぎてしまいます。
ほんの1時間のつもりが4時間、5時間たってたと言うこともよくあります。
しかし、自分が嫌なこと、苦痛を伴うことに遭遇すると、例えば歯医者に行ってドリルで歯を削られているとき永遠に続いている時間のように思われるんですが、実際に時計をみると1分、2分の時間にしか過ぎないと言うこともよくあります。
そのように時間というのはとても不思議なものです。
約束の時間に必ず遅れてくる大人の人がいます。
それは時間に対する概念が無い、時間認識が出来ていないということではありません。
潜在意識のなせる技です。
つまり、「無理をしてまで、その時間に行く必要はない。」とか「行くことも無い!」という価値観の表れと言えます。
なぜならば、その人にとって、非常に自分が楽しくてしょうがない事に対しては、そういう常習的に時間に遅れる人も、時間より前に駆けつける事が出来るからです。
自分が好きで、本当に自分にとって(自分の価値観にとって)とても大切なことや相手の人が非常に恐くて待たせると自分が怒られてしまうという恐怖感があったときには、そういう人ですら、ちゃんと約束の時間を守ることが出来るからです。
ということはこの場合は時間認識が出来ないということではなく、その時間に対する価値観がないということであります。
だから時間を分からないのか時間意対する価値観がないのかということを大人の場合や中学生、高校生ある程度の年をとった子供たちや大人たちに対してはその価値観に対しての判断をして時間認識がないのか或いは時間に対する価値観がないのかということをよく分析する、判断する必要があります。
それに対して小さい子供の場合には本当に時間という概念がありません。
先ほどのだらだらする、グズグズするというのは時間に対する意識の無さが引き起こす場合もあるのです。
と言う事で、私たちの教室では、小さな子供の内から時間に対する認識、体感というものをとても大切に教えています。
まず、教室には時計がいっぱいありますけど生徒の見える位置に置かれた時計はすべてアナログ式の時計です。
近頃流行のデジタル時計ではないのです。
アナログ式の時計では常に分数や時間がインターバルとしてみえるわけです。
ところがデジタル式の時計では、目的の時間はどこにも表示されていないので、その時間が縮まっていく様子というものをうかがえ知ることは出来ません。
よくオケ練習などで子供たちに自主練習をさせるときに、砂時計をする事があります。
砂時計は確かに、デジタル式の時計のように、正確な時間を刻む事は出来ません。
1時間系の砂時計だと、多分、5分くらい狂うのは当たり前かもしれません。
しかし砂が落ちていくさまをみることはよく時間を砂時計で例えるように落ちていく砂がその時間を表し、減っていく砂が、消費された時間を表すわけなのですから、目に見えて減っていく時間というものを子供に教えていくということでは絶大な効果があります。
子供に集中力をつけさせるときに、練習の仕方を教えるときに、私はよく3分間練習法というのを子供たちに提案します。つまり、練習がだらだらして嫌いだというときに「じゃ、きみは何分だったらどれぐらいだったら集中して出来るのかい?」と言うことを尋ねます。そして子供が答えるのは大人の願望が入っていることが多いので逆に3分だったら大丈夫かな?あるいは「1分だったら大丈夫かな?」そういう問いかけをします。
小さな子供達にとっては、発表会のインターバルのような、単位が半年というような巨大な時間を認識出来なかったのしても、1分や3分くらいまでの時間は、自分で体感することができます。
3分間を集中することを勉強する。3分間だったら本当に毎日でもきちんと集中できる。2つの方法がありまして1つは3分間の集中を1日に1回やってそれが出来るようになったらそれを朝、昼と2回やって今度は朝、昼、晩と3回やる。
そうすれば実際は子供たちにとっては3分間しか勉強したことにはならないんですけれど成果としては1日に9分の勉強をしたことと同じことになります。
だから10分間練習してごらんなさいというとなかなか10分間の集中力ができないということであれば3分間の練習を3回やればいいだけのことなのです。
そして仮に3分間の練習を次に4分にする、次に5分にする、6分が集中できるようになる。10分くらいまでは本当に1分刻みで集中時間を延ばしていきます。決して3分が出来たから6分、あるいは3分が出来たから次10分という進み方をしてはいけません。
10分間の集中ができたら今度は2分単位くらいで10、12、14、15でもかまいませんが17,20と時間を増やしていくのはかまいません。
20分がもし集中して練習できるようになったら20分の次は21分でもなく22分、23分いきなり25分でかまわない。
25分、次は30分でかまわないし、30分の次の練習は40分、45分でもかまいません。
45分集中できるということは1時間集中できるということになります。
ですから最初の3分練習から10分まで練習を引き上げて15分まで集中力を持続させる、これがコツコツと本当に丁寧に子供の集中を見ながら育てていかなければなりません。
ちょっ、余談になりますが、座禅の時に時間を計るのはお線香です。座禅をした前に置いてある、とても長いお線香は燃え尽きるのに、30分の物と、1時間の物があります。芸者さんがお座敷に上がる時のお線香代もそこから来ている言葉です。ちょっと余談ですが・・・・。

話を元に戻して、・・・・
例えば学習する場合に、よく勉強する場合に学校の勉強や自分の勉強なんかをする場合には子供たちに対して1時間をやりなさいとか普通、一般的にそうですけど私たちの教室では練習はそうゆう風にやらせることはタブーです。
つまり子供に生活のリズムを持たせるために練習の開始時間は毎日毎日きちんと、守らなければいけません。
5時に始めるんだったら5時、4時に始めるんだったら4時、その時間は必ず子供に体内時計としてそれがちゃんと体内時計としてうみつけられるまでその時間を丁寧に毎日、毎日規則正しくやらなくてはいけません。ただし、いつもご父兄の方には言うようにもし子供が集中をしていない場合には、あるいは子供が練習を嫌がる場合にはそこで無理知恵して練習をさせる必要はないのです。
言い方を変えればもし練習を今日はどうしても子供が嫌がってしたくない場合にはピアノさん、ごめんねと言ってピアノを拭かせる。キーを拭かせる。ヴァイオリンをふたをあけて必ず拭かせる。そう言ったセレモニーとして出来れば充分なのです。
そういうヴァイオリンにさわる、ピアノにさわるというそのさわってその楽器を丁寧に磨いていく、そういうことが躾として出来ればそれが楽器をかまえて弾くということまで進めさせる必要はないのです。

それの理由は、とても大切な理由です。何故ならば「練習をする」=「集中をする」という図式(パターン)を作り出したいからなのです。

つまり子供が練習を始めて3分間はなんとかもったけど、4分目には、ちょっと投げやりな練習になってきた。集中力が切れて練習が投げやりになってきた。
そう言った場合には、親は、子供が無理をして練習をしようとしても、「今日は練習はそこまでにしようか?」という風に子供の集中が切れた時には練習をすばやく打ち切る配慮が大切です。
そしてそれを気長に繰り返すことによって子供たちの集中力を伸ばしていくことが出来るようになるのです。

つまり「ヴァイオリンの練習」=「集中する」という図式が、子供の心の奥にちゃんとインプットされたときに、それからは子供たちは自分の力だけで、どんどん集中力、集中時間を延ばしていくことができるようになります。
それが、「子供たちの集中力を育てる」というcurriculumなのです。

ここの部分は集中力の問題の論文とダブって書かれておりますので時間という概念でお話をしました。
要するに、先ほども言ったように、一旦子供達の集中力が身に付けば、3分間練習するのも、10分練習するのも、1時間練習するのも、子供にとっては、同じ3分の時間だということを大人たちが理解をしておかなければいけないということなのです。このメトードをしっかり守って、子供と一緒に集中の訓練をしたお母さんがいました。
心理学の本や教育学の本には、子供の集中力の限界について、3歳児は3分、4歳児は4分、5歳児は5分と集中の持続時間というのが書かれています。

私が、「3歳児でも1、2時間の練習が普通に出来るんだよ!」という事をお母様達の集まりで話をしていたときに、あるお母様が「心理学の本や教育の本には、そういうふうには書かれていませんよ。」とおっしゃったので、私が「心理学はただの統計に過ぎないのですよ。」と言う話を説明して、「心理学に書かれている事は、特殊な教育を受けた子供達、つまり英才児教育を受けている子供達とかにはあてはまらないのです。」と言うお話をして、実際に、そのお母様のお子さま2人(3歳と4歳)に、私の集中力の訓練をヴァイオリンの練習を使ってやってもらいました。

半年位たってお母さんが、言われたことは「先生、子供の集中力はすごいですね。子供と一緒にやってたら2時間どころではなく3時間4時間こちらもういいよと言うまで練習をやめなくなったんですよ。」で、子供の集中じゃなくて親のほうがエネルギーが切れて今日はこれくらいにしようと切っている現状だと言われてました。

大人になればなる程、生活には雑念が働きます。
だから、本当に集中力を色々な雑念なしに、身に付けるには、世間一般で言われているようなある程度歳を取ってからではなく、幼稚園や小学校の低学年までが、親の躾として集中力を身につけさせるには楽です。

ですから、「時間の概念を教える」と言う事は、実際に「砂時計を見て、3分を感じる」とか、日常に時間を感じさせて、何時までに何をする、とかで、子供に時間の大切さと、時間の長さという概念を教える事が、そのまま子供に集中するという事を教える事にもなります。

一旦、時間の概念が身に付くと、子供の成長に多くメリットを与える事が出来るようになります。
一番子供にとって害になる事は、だらだらとする事であり、集中もしないで、時間だけを浪費する事です。

「一日伸ばしは、時の盗人」
          
上田敏