音楽と勉強の両立は可能か?

(Ⅱ)

音楽を好きにさせることの難しさ

一点集中型の教育

 

[前書き]

この三つのthema(テーマ)によるお話は、教室創設以前(まだ幾つかの大学に勤めていた私が30歳前後の時)から、齢既に60歳を越した今現在に至るまでの30年間以上の長きに亘って、常日頃から、折に触れてお話をしたり、書き綴ってきたりしたお話なのです。

その間、沢山の教育論文を書いてまいりましたが、そのほとんどの論文を今日までに紛失させてしまって、完成された原稿や資料類はもう見つかりません。その原稿の殆んどが、まだ手書きの原稿でした。その後、やっとワープロに移行して、フロッピーに保存していたのですが、なにぶんにも、それでも昔々の事ですから、それまでの幾多の自宅の引越しやら、教室の転居等に伴って、ほとんどの論文を紛失させてしまったのです。

「ほとんど」と言ったのは、幾つもの原稿が失われた中で、奇跡的に教室で冊子にして配った事のある論文だけは、冊子とワープロ用のフロッピー共々、教室の資料として江古田の事務所に保管されていて紛失を免れる事が出来たからなのです。

 

しかし、原稿は兎も角としても、ワープロで書かれたフロッピーの文章は、そのままではパソコンで開く事が出来ません。

特別なソフトを使ってある程度は開く事は出来るのですが、完全な元の文章の状態では開けないので、結局、またまた色々と手直ししなければならず、その手間がかなり面倒なので、一度何とか動いているワープロで元の原稿をプリントアウトして、その原稿をスキャナーでOCRをして、やっとパソコンに取り込む事が出来ました。(勿論、それでも漢字類の誤認識や読み取れない記号なども沢山ありますし、図表になると全く読み取りが出来ないので、手直しや直接入力が必要な事は代わりありませんが。

それでも、単純作業には代わりは無いので、「何でそんなに『パソコンに取り込む』と言う単純な作業に、時間が掛かっているのか?」と言うご質問もあります。

その答えは、フロッピーで残されている原稿は私の論文だけでは無いからなのです。

教室の倉庫に山のように残されて、手が付けられないで、そのままになっているワープロ原稿の大半は、私の原稿ではなくって、教室の重要な資料なのです。

教室が所有していた10台を越すワープロの中で、現在わずかに生き残った2,3台(保守修理は今はどこもやってくれません。部品が既にないのです。)がまだ動く間に、その膨大なワープロの原稿を、少しずつワープロ原稿からパソコン用の原稿に読み替える作業は、フロッピーの変換にしても、OCR作業にしても、いずれにしても大変手間隙の掛かる作業で、なかなか遅々として作業が進みません。)

 

「音楽と勉強の両立」と言うテーマで、以前、発表会で御父兄の方達にお配りした論文・・・・、(と言っても、10年、20年前にお配りした論文ですが。)事と記憶していますが、内容、或いは年齢的に、今の生徒さん達を対象とするよりも、もう少し専門的な道を目指したい、中、高生の生徒さん達を中心にしてお話したものでした。

 

つまり、ここでお話する「音楽と勉強の両立」というテーマの論文であったとしても、お話をしている時代や、対象の人達の年齢によっても、お話の内容が変わってきてしまいます。

音楽を勉強する目的が専門的な場合や、或いは、音楽の方には進まないとしても、子供の能力の開発としての手段として、教室で音楽を学ぶ場合には、内容的にはかなり厳しい物になってしまい、当然、完全に趣味として音楽を学ぶ人達とはご説明する内容がまるっきり変わってしまうのです。

と言うわけで、ワープロ時代に多種多様な道筋から、折に触れて色々な立場の人達に対して「音楽と勉強の両立」の問題をそれぞれに述べてきたのですが、今回の論文の原稿は、それに対してもう少し、年齢の低いお子様をお持ちの御父兄の層を対象にして全く新しく書いてあります。

勿論、論文なので、その対象年齢は厳密な意味に設定しているわけではありません。

その場その場の話題や内容にあわせて、思いつくまま、色々なお話に飛んでしまうのは、お許しください。その中から自分に関係のある所を、拾い読みしていただければと思います。

 

目次

前書き

音楽は楽しい、何て誰が言ったの?

音楽を楽しくと言う意味の勘違い

[叱らなくって褒めて教えれば、それでレッスンが楽しくなるわけでは無い]⇒公開授業をやるに至った経緯

[子供が上手になったからと言って、それは・・・]

子供に音楽を好きにさせるのが芦塚メトードである⇒①子供は集団でやる事は楽しい⇒②音楽の場合:ジュニアオケ⇒③音楽は楽しいか??⇒④親の疑問:勉強は楽しいだけでは駄目なのでは・・・?

ここからは蛇足です
[自分でやらなければ、と感じた事は出来るもんだよ!]

一芸に秀でたのもは

[音楽は趣味だと言う人達にとってのお話]

世間の風説に惑わされないで⇒①先生の側の話⇒②生徒の立場で⇒③私の病院の例に例えて・・⇒④世間の風説と大学の先生

論文を書いた時期

[誰でも理解できる社会の矛盾]  


これから以下の文章はぶっ飛んだままで、linkが生きてはいません。
back・up原稿を探している最中です。

芦塚メトードは音楽だけのmethodeではない

一般の考えは「音楽の練習は厳しいものだ・・当然でしょう!」です。

学校のlevel⇒①テニスの高校生の男の子⇒②学校で常にオール5の女の子の例

Niveauの考え方(一芸に秀でると言う事)

[音楽大学と一般大学の比較をすると・・]

親の言う子を聞かせるために、子供の好きなもので釣る

[守れない約束で、子供を縛る親]

負の転換点の蛇足

[その「好きなもの」が他の勉強であった場合はもっと問題である]

[立場の差ではなく、技術レベルに縁る意識の差]

[子供が、せっかくやる気を起こしているのに]

半年のブランクは二度と埋まらない

[一度失ったパターンを取り戻す事の難しさ。(半年のブランクは本来的には埋まらない)]

[教育はドラマではない]yk子の例

誤った教育の結果

[勉強とは、それ自身は、目的と成り得ない]

[人生の目標]⇒①よらば大樹の陰⇒②ちょっと儲けた話⇒③それとは反対に、損をした話

第二刷の脱稿に際して

[第三冊の印刷に寄せて]

 

本文

[音楽は楽しいなんて、誰が言ったの?]

音楽は趣味で遊びだから楽しい・・という考え方(感じ方)は大人のものであり、子供にとっては塾も学校も音楽も、習い事と言う意味合いにおいて何等変わるものではありません。

又、私達音楽家にとっても、音楽を聞いたり演奏したりすると言う事は、あくまで職業であって、心休まるものではありません。喫茶店で珈琲を飲んでいるときですら、クラシックが流れてくると無意識に演奏上の問題点や企画などに心が行ってしまいます。

「今のところの弾き方は・・・?!」とついつい考えてしまいます。それで納得がいかない演奏でも聴こうものなら、一日中気分が悪くなります。

そういった意味でも、たとえ子供でも、音楽を勉強として学んでいるとすれば、「音楽は楽しいなんて、誰が言ったの?」と言うことになります。

そこが、大人の考える「楽しい音楽」と、実際に子供が感じ取っている音楽の違いかも知れません。

だから、私達の教室で音楽の勉強を結構ハイレベルで学んでいる子供達が「音楽を楽しい。」と感じるのは、あくまで芦塚メトードによるもので、一般的な感じ方ではないのです。

繰り返して言うように、決して「音楽の勉強そのものが楽しい」わけではないのです。

 

[音楽を楽しくと言う意味の勘違い]

では、一般的には、音楽は何故楽しいと思われているのでしょうか?

それは、音楽教育のアプローチに、二つの異なったconceptがあるからなのです。

その一つのタイプの教室は、私達同様に音楽を教育と捉えている教室(先生)です。

ところが、音楽を教育として捉えている以上、どうしてもその指導は厳しくなって、子供達もなかなか長続きする生徒は少なく、いわゆる音楽を学ぶ子供達のエリート達の教室とも言えます。音楽大学の先生達が教えている教室がその典型的な教室で、当然入会する生徒も音楽を専門的に勉強したい生徒ばかりなのです。当然、子供達にとっては「音楽の練習は厳しく、辛いもの」であり、皆、親も子供も泣きながら、練習し、lessonに通っています。

それに対して、もう一つのタイプの教室は、所謂、大手の企業を中心とした普通の音楽教室があります。殆んどの個人の音楽教室も、このタイプに属します。

教材は大手の企業が自前で作ったものか、アニメソングやゲームのテーマ曲等を簡単に弾けるように編曲し、出版されてる曲集を使用します。発表会も殆んどの曲が分かり安い曲や、よくテレビ等で耳にする曲ばかりです。子供が好きな曲を難易度順に並べて、弾かせるだけなので、ある程度上達すると技術的に行き詰まります。しかし、ちょうどその頃、子供達は受験や塾の時期になりますので、お稽古事をやめるきっかけにはちょうど良いのです。

と言う事で教室に対しての批判は、あまり出ません。塾やお受験の準備などに、お稽古事をやめるのには、ちょうど良いタイミングなので。

ですから、大手の教室は生徒数はとても多いのですが、そういった社会情勢の中の事情で、中、高生の年齢の生徒は殆んどいません。

 

私も教室を作ったばかりの頃は、子供の指導の参考にと言う事や、教室の経営の参考のために、いろいろなヴァイオリン教室やピアノの教室を、見学さてもらったり、lecture講座や公開講座を聞きに行ったりしました。

その中の典型的な例を一つお話します。

大手企業は、若いピアノの先生の養成のために、色々な講座を企画していましたが、その中で特に人気があったのは大村典子さんのピアノ講座でした。(実際にその場で、子供を指導する公開講座ではなく、お話とテープによる講座でした。)

私が教室を始めたのは、年齢的には決して早い時期ではなく、留学から帰って来て、それから大学講師をしながら、本等を執筆していたので、音楽教室を作ったのは大学をやめてからの37、8歳になった頃からです。

と言うわけで、講座を聞きに来ていた人達は、ほとんどの人達が音楽大学を卒業して間もない一、二年の若い女性達で、既に歳を取っていたし、しかも男性の私にとっては全く場違いな講座でした。

この類のピアノの講座では、普段は見る事が出来ない程、女の子達は熱心であり、且つ熱狂的でありました。私達の年齢やconceptでは理解しがたいのですが、カリスマ性があったのでしょうね。しかし、会場には、私と同じ世代の場違いなおじさんおばさん達が、会場の最後列に数人いて、前半の部が終わった時にお互いに目を合わせて、肩をすぼめて「う~ん・・・・???困ったもんだ!??」と言った風なアイコンタクトを送りあって、会釈をして、皆、帰ってしまいました。

 

一言で言えば、教育とはかけ離れた、「子供が楽しんでレッスンに通って来さえすればそれで良い」と言う業者サイドの立場が見え見えで、商業主義、あるいは迎合主義とでも言うのでしょうか。講座は、前半は子供を逃がさないためのlessonと、後半の講座は発表会の企画に関するもので、発表会の企画にしても、子供の好きそうなアニメの曲やドラマの曲だけで構成されていました。

そういった選曲であったとしても、それでも一応前半のプログラムは、発表会の型はとっていますが、後半のプログラムに至っては、「ちょっと!ちょっと・・・!」って感じで、家族アンサンブルと称して、ジャズやポピュラーで構成されていて、ライトアップなどもあって、怪しげなムードでありました。

ピアノを学んでいる子供達が、「教室をやめないで、音楽を続ける」と言う事を企業的に突き詰めると、企業にとっては、幾ら素晴らしい教育であったとしても、子供達がどんどん教室をやめてしまっては困るので、大村典子の「楽しければいい」と言う姿勢や、家族を巻き込んでいれば、子供はやめないと言う考え方を突き詰めれば、そんな型になるのかな?

企業的は儲けるのが最優先の条件だから、教育と言うよりもそういった迎合主義に走るのは、当たり前ですよね。

しかし、中年になってもまだ音楽教室を続けている先生達にとっても、これから音楽教室を経営しようと思って、わざわざ横浜の方まで勉強に来た私にとっても、これは無駄足になってしまって、講座の半分だけを聞いて早々に帰ってしまいました。

趣味の音楽、所謂、「音楽は楽しい」と言う、考え方の出来る所以(ゆえん)、は案外ここいら(此処いら)にあるのかもしれませんね。

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[叱らなくって褒めて教えたところで、それでレッスンが楽しくなるというわけでは無い]

それでは、ただ単に、叱らなくて、楽しければ、lessonは上手くいくのでしょうか?

現実的には、それほど単純な問題ではありません。

実際上、実際に叱らなくて、褒める事だけで指導している先生は沢山いますが、決してlessonが上手く言っているとは言いがたいのです。

 

(音楽教室の話ばかりを例にとると、一般的な話でない様に誤解されかねないので、ここでは敢えて音楽教室ではなく、普通の小学校の例でお話をしましょう。)

私がまだ現場にいた頃、ベテランの小学校の先生から、私がよく尋ねられたのは、「叱らなくて褒めて指導すると、クラスが騒がしくなってきて、子供達への抑え(締め付け)が効かなくなって教室運営自体がめちゃめちゃなってしまうので、現実的に褒めて指導する事は不可能なのでは?」という話です。

しかし、その話について先生が犯している大きな勘違いは、「叱らないから抑えが効かなくなった」と言うその把握の仕方なのです。

又その誤った認識から、「厳しく締め付けることで、子供達をコントロールしよう」ということであります。

これでは問題の本質をまったく理解してない。ゆくゆくは教室の崩壊を招く事は、火を見るよりも明らかな事です。

「褒めて教えると、子供達が集中できない」のは、指導の内容が面白くないから、興味が持続出来ないせいであって、「褒めた事自体が原因ではない」からなのです。

叱って教えている時には、子供を強引に押さえつけているだけなのですが、先生はそれを子供達が集中しているように思いこんでいるだけなのです。勉強に集中しているわけではないから、子供達が先生よりも強くなってしまうと、押さえが利かなくなってしまっていっきに教室の崩壊が始まります。でも、それまでは静かで良い教室運営であったので、先生達には何故なのか、どうしてなのかの原因を見出す事が出来ません。子供達が静かだったのは、授業が面白かったわけではなく、ただ先生が怖かっただけなのですからね。

優しく指導すると子供達は本音を出す事が出来ます。面白くなければ騒ぎ始めるのは当たり前ですよ。だから自分の指導やカリキュラムが上手く言っているのかを判断する事が出来るのですよ。

子供達が騒いでしまったら、先生は自分の授業が、如何につまらなかったのかを、素直に反省すべきなのですがね。

芦塚メトードでは、子供達に興味を持たせるように、問題のポイントを分析し、わかりやすく順序立てて説明をするようにしています。

 

「そんな事は誰でも分かっているよ。でも、それが出来ないから悩んでいるんじゃないか?」と言う声が聞こえてきそうな気がしたので、では実際に私が指導した小学校の授業の例で説明をしましょう。

(公開授業をやるに至った経緯)

私がまだ大学講師をしていて、大学の卒業生の小、中学校の先生達をアフターケアーで指導していたときに、私の教え子が県から「公開授業をするように」と言われました。「どうせ公開授業をするのならば、普段うまくいっていないむずかしい所を研究したい。」ということで、私の教え子達同士で相談しあって、先生たちの共通した難しい問題に取り組むことになりました。それは、算数の授業で「重さに計量を持ち込む所」の指導でした。

重さを単位にする所の持って行き方がどうしても子供達に理解してもらえないと言う事で、「その授業の仕方を(内容や方法を)私に指導して欲しい。」という相談でした。それで、埼玉県の研究授業の時に、実際に私がカリキュラムを作って、私の教え子に公開授業をさせたことがあります。

(問題の提起:計量の問題を、子供達に如何に面白く興味を持たせるか?)

まず重さの違いはどうやって知るのか?と言う事で、子供達が自分自身で両手で持って、どちらのほうが重たいかということを、子供達に判断させます。

最初の方は、単なる受け狙いであります。子供に面白さを引き出させるための、トリックでなのです。私が拾ってきて来た大きなボルトを持ってきて、自分で作った全く同じ形状の紙で作ったハリボテのボルトと比較させて「どちらが重い?」というと、至極当然のことであるが、鉄のボルトのほうが重い」と子供達が答える。そこで、「では鉄1kgと綿1kgでは、どちらが重い?」と聞かせると、小学校4年生では3割、4割ぐらいの生徒が「鉄のほうが重い」と答えるのです。

先生は子供の意識を引き出すように、何度も確認をすると、「あっ!!」と言って気がついて、少しずつ引っかかっていた子供の数が減って行くのですが、最後の4.5人はどうしても分からない。

先生がそこの所を、見学者にアピールすると、見学に来ていた複数の校長先生たちやベテランの先生方が驚いて、唸っていた。「う~ン、4年生になっても、分からないのか・・・?この程度なのか?」

「受け狙い」と言う事は大切にする先生と、全くそれを「授業中に不謹慎である。」と言う理由で認めない先生の両極端に分かれてしまいます。「授業は神聖なものだから、ふざけるような事は絶対に許せない。」と言う儒教タイプの先生達です。

 

次に、肉眼的には大きさも重さも変わらない石を持ってきて、「どちらが重たい?」と聞くと、手に一つずつのせ比べて調べたり、両手に同時にもって比較したりして工夫はしているのですが、やはりわからない。(勿論、見学の先生方にも、同じ石を回して確認させる。)

そこで子供達が遊びに使っている輪ゴムを持ってきて、輪ゴムをつなぎ合わせてゴムひもを作って、黒板に片方の端を固定し、もう片方に石をくくりつけて、輪ゴムはどれぐらい伸びるかを見て、延びた所に印をつける。もう一つも同じ事を繰り返して、どちらが重いかを判断させる。

この段階で、どちらの石が重たいかは、分かったわけでですが、そこからが、マジックであります。

 

次には、伸びたゴムの位置、その二つのしるしが、何センチの差があるかを物差しで計ってみる。

それから、1グラムの重さの物を持ってきて、ゴムが何センチ伸びるかを計って見て、その重さの差が何グラムあるかを子供達に理解させる。

そして次につるし式の秤を持ってきて、それが今やったことと同じ原理であることを説明する。普通の計量ばかりはそれがお皿が上に行くような仕掛けになっているのにすぎないことを理解させる。

ここまで来るともう単純な作業です。見学している先生方も楽しそうに授業を見ていました。

ということで重さから計量の単位を導き出す授業が、子供達に興味を持たせたまま楽しく終わる事が出来ました。但し、2時間(100分)でこのカリキュラムを終わらせるつもりが、子供達がエスカレートして、なかなか先へ進まなかったので、実際には、2単元では最後のカリキュラムまで持っていく事が出来ませんでした。しかし、それは担当した先生が若い新任の先生だったので、予定よりも少し時間が掛かりましたが、ベテラン先生だったら、問題なく2単元で授業を終わらせる事が出来たと思われます。

見学していたベテランの先生や協議会教育委員会の先生、果ては現場の校長先生たちもそのカリキュラムの進め方に驚いて感心していました。

この話には後日案があって、その研究授業を見ていた中堅の複数の先生から「あの紙のボルトはどこに売っているのですか?」という質問を受けたということです。

「それぐらい自分で作れよ!」と言いたくなってしまいますよね。

問題は、そのカリキュラムが私が考えた事ではなく、カリキュラムも使用する道具も市販されていると思いこんでいる事です。(事実、教員用のそういった教材はマニュアルと一緒に複数売られている。そのために、自分で考えようとしなくって、良い教育をしたければ、お金を出して、教材を買えば良いとしか考えないのです!!)

 

本来は、一人の先生が研究授業を受け持つ場合は、数年に一回しか回ってこないのが慣例ですが、前回の研究授業が非常に面白くて、先生方の間に受けたので、特別にアンコールと言う事で、「国語の研究授業もやってほしい。」というお達しが回って来ました。

若い先生たちが私にくれた、今回の難問の「お題」は野菜と果物の話です。

国語の授業では、八百屋と果物屋の話が出てくるのですが、先生達自身が野菜と果物の違いが良く分からないと言う事なのです。

研究授業の前に、事前の準備として、私は子供達の宿題として、野菜屋と果物屋に売っているものを調べて来るように言いました。そして、若い先生たちに子供達が調べて来たそれぞれ売っているものを絵で書かせてその切抜きの型紙を作らせました。そこまでが下準備(所謂、仕込み)です。研究授業の日に、子供達に野菜屋、果物屋で売っているものを発表させて、黒板を大きく三つに分けて、野菜屋、果物屋それぞれに売っているものを発表させて、型紙を黒板に貼り付けました。

子供に発表させると、野菜や果物屋それぞれに、納豆が売っていたり、豆腐が売っていたり、果てはインスタントラーメンが置いてあったりする。

その中で、明らかに野菜と果物に属さないで無関係と思われるものを、まず子供達に雑項目の欄に移動させて、整理するところから始めました。

(この移動は先生たちが作ってき来た絵の型紙の移動です。手間隙をかけて先生達に型紙を作らせたのは、単に受け狙いの意味もありますが、先生が頑張っているのだ、と言う意思表示の意味と、この授業の効率化の意味もあります。いちいち黒板に手書きで書いたり、消したりしていたのでは、時間が掛かって仕方がないからです。)

実は、野菜と果物の区別はそんなに厳密なものではない。

であるから、野菜と果物の厳密な定義をする事が、この公開授業の目的では無いのです。そんな簡単な事ならば、辞書を調べれば(百科事典でも引けば)終わりだからです。

一般的には青果市場で取り払うものを果物といって、野菜市場で取り払うものを野菜と呼ぶことは多いのですが、そうすると子供達が発表したように、豆腐が入ってきたり、インスタントラーメンが混じってきたりするのです。八百屋の仕入れは野菜市場で仕入れるのだからね。

国語辞典を調べたうえでの分類は、木の上に生るものは、果物、土の上で成長するものを野菜と分類する。当然そうすると、スイカは野菜になり、トマトは果物になる。

つまりどのような分類をしても、我々が常識として捉えている、野菜と果物の分類にはならず、かなり、いい加減な、アバウトな答えしか引き出せないのです。

この研究授業の奥にあるテーマは、指導をしている先生達ですら経験上至極当たり前の分かりきった事としている分類が、実際には非常にアバウトな分類にすぎないというテーマです。

指導される側の子供へのメッセージではなく、あくまで見学者として見えられている教育の専門家である先生方へ、「一般的」と言う言葉の定義が如何にアバウトなものであるかと言う事を理解していただければ、この研究授業は成功と言えます。

 

この研究授業を通じて、校長先生たちやベテランの先生達は、「色々な意味で自分たちの今まで指導して来た思い込みを考え直さざるを得ない。」といって喜んでくれていました。

これが芦塚メトードの原点だよね。

私が若かりし頃の、まだ大学の先生をやっていた頃の、昔懐かしい話だからねぇ!

 

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[子供が上手になったからと言って、それは・・・]

「教育とは、子供の能力を引き出す事」とか「優れた先生とは、子供の才能を見出す事の出来る先生である。」とか言う言葉を一般によく言います。

芦塚メトードでは、そういった言葉を真正面から否定します。

子供の才能とは、子供自身の努力の結果、身に付いた能力の事を指す言葉だからです。

勿論、私が近視眼的に子供の才能全てを否定するものではありません。

はっきり言って、そういった、経済力や才能に優れた人材は、親方日の丸の大学教授の所に行ってしまうので、私達の教室にはそういった生徒は来ないのです。(ハッ、ハッ、ハッ!)

芦塚メトードでは、極、普通の子供が、ちょっとした教育のコツで、プロの演奏家(所謂、専門家)になってしまうのですよ。

親方日の丸の先生の下では、優れた才能と経済力に富んだ10人の子供の内の、9人までが、音楽をやめてしまうのにね。

特別音楽に思いを寄せているわけでもなく、音楽に進もうとしているわけでもない、ごく一般の子供が、音楽の素晴らしさに目覚め、音楽を好きになって、音楽の道を歩みだしたからと言って、「最初から、音楽に対しての才能があった分けではない。」と言う事は当たり前の話でしょう?

最初からそういったものがあるのなら、うちになんか来ないもんね。

だから、気を付けなければいけない事は、芦塚メトードで習っている子供が、音楽演奏上の技術が、幾ら上手くなったからといって、それは本人が特別に音楽の才能に恵まれていたからではないということなのです。

ましてや子供が、音楽を好きになって、「音楽をやっていけるのならば、どんな苦労も厭わない。」という事を平気で言えるような、情熱を持つようになるには、私達の教室のカリキュラムが完全に身に付くように、長年に亘って芦塚メトードを身に染み込ませなければならないのです。

 

親は子供に対する欲目があります。

そのために、子供がある程度、音楽上の能力を示し始めると、それを「子供が生まれつき持っている子供自身の本来的な才能」と勘違いする事が多いのです。

しかしそれは、毎日毎日、なかなか練習してくれない子供を、なだめすかしながら、辛抱強く育てた母親の教育、所謂、努力の結果であり、周りの人達が子供の「才能」と思うのは、その蓄積された「結果」なのです。

子供のそういった能力を、子供自身の本当の能力、或いは才能と言うのは、その蓄積された「結果」が、子供自身の身について、体の一部になったときに、初めて子供の能力、或いは才能と呼ぶ事が出来るのです。では、どれ位の年齢の時になったらその能力を才能と呼べるようになるのでしょうか?

それは、子供が母親から自立して、練習や自分の人生を自分自身で決定できるようになった時なのです。

それも当たり前の話でしょう?

だから親が、子供が今現在熱中している以外の事に子供の集中をそらした瞬間、その今までの能力は瞬間的に失われてしまうのですよ。

そして又、ある程度のブランクのあとに、同じ技術に戻すまでには、最初にそれを始めた時と全く同じ、時間と努力を掛けたとしても、もう無駄なのかも知れないのですよ。

 

[子供に音楽を好きにさせるのが芦塚メトードなのである]

子供を勉強に集中させるには、子供がそれを好きになれば良いのです。

仮に好きにさせたいものが勉強だとすると、その勉強を好きだと思わせて、勉強することが楽しいと感じれるようにすれば良いのです。

芦塚メトードの基本は子供に対して、音楽を「好き」をと言わせるように(思わせるように)指導して行く(育てていく)、教育方法なのです。

だから、子供が音楽の勉強を「好きだ。」とか「楽しい。」とか、感じられるようにプログラムします。

 

(①子供は集団でやる事は楽しいとの思い込み)

よく、周りの教育者達が勘違いをするのは、「子供は集団で、何かをするのが好きだから、音楽でもアンサンブルやオケをさせておけば、音楽が好きになる。」と言う考え方です。又、「お友達同士が集まるから楽しいのね。」とか、「普段の家とは場所や状況が変わるから集中できるのね。」などとおっしゃる御父兄の方もいらっしゃいます。

たしかに、子供の中には、何でも集団でやる事が好きな子供が多い事も事実です。ですから、部活があり、塾があるわけです。でも、100年間部活を続けたからと言っても、それでプロ(この場合は専門家かな?)になれるわけでは無いのです。(ごく稀に野球の世界では、部活からプロへ進む人がいましたっけね・・????)

塾で頑張って学者になったと言う話もあまり聞いた事はありませんよね。

 

(②音楽の場合:ジュニアオケ)

全国には有名なジュニアオケも沢山あります。アンサンブルがとても好きな生徒達は上級になるとジュニアオケを受けます。(ジュニアオケに入るにはオーディションを受けるケースが殆んどです。最初から、ある程度の技術がないと、オケには入れません。)しかし、実際には、せっかくジュニアオケに入ってもそんなに、長続きするわけではありません。その原因は、オケ自体に「子供を育てる」と言う意図がないと言う事と(曲を弾く事が目的なので、弾けると言う事が前提なのです。)生徒を指導する先生達が、それぞれ別のmethodeの先生達なので、技術や音楽に対しての考え方がそれぞれ違うので、先生同士の協調が上手くいかない(と言う事よりも、むしろ勢力争いのようになってしまう)事に大きな原因があるようです。

まして室内楽はとても指導が難しいので、(小学生の室内楽は世界中ありません。)よっぽど指導する先生側が室内楽の知識と経験、それにしっかりしたアンサンブルのカリキュラムがないと、子供達はアンサンブルを続ける事は出来ませんし、また集団指導になりますので、個人指導の時とは全く違った指導上のテクニックが必要となります。

 

(③音楽は楽しいか??)

だからよく大人が勘違いをする、「音楽はたのしい」と言うお話は、子供の弾きたがる曲だけを弾かせると言った、迎合主義の教室で、しかもそれでも極、極、稀に、「楽しい」と言う事を言う子供がいるかな?・・・と言うぐらいの稀なお話なのです。

では、私達の教室では、なぜ子供達が「音楽は楽しい。」とか、「音楽は大好き。」とか言って、オケ練習や室内楽の練習を、何時間やっても疲れないで集中を持続する事が出来るのでしょうか?

私達の教室で、子供が「音楽は楽しい。」とか、「音楽が大好き。」というのは、子供達自身が自分達の練習を通じて、技術や表現の成長を自ら感じる事が出来るからなのです。子供がオケ練習を通じて、確実に成長できると言う事は、先生方のしっかりしたカリキュラムと指導のテクニックがあって始めて可能なのです。それが芦塚メトードなのです。

もしも、「え~?そうかな?」と、ほんの少しでも疑問を感じられるのなら、他の教室に見学に行って、教室とは関係のない先生のlessonを子供と一緒に見学すれば、その事はすぐわかりますよ。

もっとも、オケやアンサンブルのlessonをカリキュラムとしてやっている教室は、日本中、何処にもないと思うけれどね。(発表会のためだけの、一発コッキリだったらあるかもしれませんが、あくまでカリキュラムとしての話ですよ。)

 

(④親の疑問:勉強は楽しいだけでは駄目なのでは・・・?)

子供達が、ヴァイオリンやピアノの難しい技術を楽々と身につけているのは、ピアノやヴァイオリンの技術の習得が簡単で易しいからではなく、「好き」という気持ちが、砂漠に水を降らせるように、「非常に難しい技術」を子供の体に染み込ませているからなのです。

あなたが子供のときに、無理やりお稽古事をさせられて、とても辛い思いをしていた時の事を思い出せば、子供の気持ちが良く分かるように、嫌々ながら学習する事はただ辛いだけで、どんな時間をかけて努力をしたとしても、コンクリートの道路の上に雨を降らせているのに過ぎないように、道路に吸収される事はなく、いたずらに流れ去って往ってしまいます。

だからそれを私達は無駄な努力と言うのですよ。

「でも、子供が好きな事だけやるようになったら駄目なのでは・・・???」

それが、駄目じゃないんだよね!

だって、人間にとって本当に必要なものだとすれば、「人生に嫌いな事」なんてあるわけは無いじゃないですか!

勉強にしても、先生が正しく指導すれば、その教科が大好きになるに違いないのだから。

本来勉強とは知識を得ることです。知識欲とは、人間本来の欲の一つで、楽しい事であると言う事は疑いのない事実なのですよ。

私はミュンヒェンで日本の歴史、と世界の歴史と言う二つの全集を読みました。学校の授業で学んでいる時よりも本当に面白かったね。同じように今は深夜、パソコンに向かって仕事をしながら、NHKの教育テレビをよく見ます。民放のドラマよりもよっぽど面白いですよ。あと、放送大学のテレビもよく見ます。特に宇宙ものが好きです。テレビのお笑いタレントの番組は見た事はありません。江古田の事務所では、先生達と食事しながら、必死になってニュース番組を探しています。そうしないと世間では何があったのか全く分からなくなるからです。

勉強は知識の積み重ねなのです。それは本当に面白いものですよ。勉強がつまらないもので、忍耐してやるもの?・・・・そう感じるのは、間違えた勉強を学んできたからに過ぎないのです。

学校の勉強がなぜ面白くないのか?答えは簡単です。列挙された事実をそのまま覚えるだけだからなのです。何故、フランス革命は起こったのか?・・・・ではなく、何年にフランス革命は起こったのか?と言う話だけなのです。では、Bachと宮本武蔵とはどちらが古い人ですか?では、Beethovenと宮本武蔵では?

そんな簡単な質問ですら、意外と理解されていないものですよ。そういった事から、歴史の勉強は始まります。ドイツの子供達は小学生の時には、自分達の街の歴史を学びます。身近なものから学ぶ事が、興味を持たせる秘訣でしょう?日本の教育は歴史は縄文式時代から始まるのですよ。でも、それはいまだに学者達を悩ませている時代ですよね。私達が習ってきた歴史は、いまは全く役に立ちません。もう、すっかり解釈が変わってしまったからなのです。ですから、私も丸っきり最初から覚えなおさなければなりませんでした。漢字の送り仮名だって私達が習ってきたものと、いまは全く違うのですよ。身の回りのことを勉強するとして、しかし、幾ら身近な事だったとしても、いきなりでは、子供が最初から、身の回りの全ての事に興味を抱くわけは無いでしょう?

まずは一つから・・・、興味を持たせるのです。

どんな道のりもまずはその一歩から始まるのですよ。

まず、たった一つのことで良いから、本当に何かを好きになる事、そしてその道を深く追求する事、それが生きる、と言う事を教える、真の意味での教育ではないのでしょうかね!

 

歌舞伎役者のプロの方が言っていました。

「好きな事をより続けられる事の方が、たとえそれで食べていけなくなって、飢え死にしたとしても、嫌いな事を我慢してやらされるより、ずっと良い!」

でも、この話は優れた歌舞伎役者のような人だから、言えた言葉では無いのです。

私が高校生の時にも、全く同じ事を周りの人達に言っていたのだよね。

私の時代では「音楽では男は食べていけない」と言う事が、通説だったからね。

(但し、回りの人達が当然なるものと思っていた医者と言う職業は、そんなに嫌いな職業じゃなかったのですがね。ただ、医者よりも作曲家になりたかっただけですが。)

 

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(ここからは蛇足です。飛ばして読んでください。)

[自分でやらなければ、と感じた事は出来るもんだよ!]

食育のページに詳しく書いてありますが、子供に食事の好き嫌いがあったとしても、料理の見た目や切り方、それから味などを一手間だけ工夫すると、子供の好き嫌いはなくなるのですよ。

しかし、子供自身がアレルギーだったら、それはどうしようもないじゃない!?

(もっとも、私自身は、中学1年生の時に、卵アレルギーを自分で治してしまったけれどね。嫌いな卵を、体中に蕁麻疹を出しながら、毎日食べて、それで治してしまったのだよ。それに高校生の時には何と、ビールアレルギーだったのですよ!ビールを飲むと体中、斑状の赤疹が出来ていた。しかし大学時代にはもう出なくなっていましたがね。蕁麻疹だって慣れるとそんなモンです。)

本当に嫌いな事があるとすれば、それは最初からやる必要は無いのですよ。

何故、それをやらなくっちゃならないの?

 

本当に必要な事なら、(無理をしてやる事よりも)「大好き」を学ぶ事から始めればよいのです。

「大好き」がなければ、その時に努力した事で、将来何一つ本当に身に付くものは無いのですから。

自分の経験を省みて見ればわかるでしょう?

中学、高校、大学と色々と勉強してきて、何か身に付いた?生きていくのに何か役に立った?

 

現に私だって学校の勉強が 嫌で 嫌で仕方がなかった。

でも、母一人の片親で、経済的に貧しかったから、県立の高校にしかいけなかったので、高校に行くためには、当時、競争率4.5倍の大変な高校を受験しなければならなかったのです。

私立に行く金は、とても私達にはなかったからね。

だから2年間だけ、親とは無関係に自分勝手に勉強をした。(「自分勝手に」という意味は、「誰かに進められたから、と言うわけでもなく」と言う意味です。それは、母親の旦那が「中学までは義務教育だから仕方がないけれど、後は働きにでも行けば?」と言う考え方だったからです。再婚の養父だったからね。それ以上金を出す必要(社会的な義務)はなかったからです。)

その頃は私は、もう既に母親とは別居していたのだけど、(と言っても、分からんよね。要するに、母親が再婚して家を出て行ったので、それまで住んでいた家に、自動的に一人暮らしになったのですよ。)たまに母が私の家に訪ねて来て、「体を壊すから・・あまり勉強しないように!」といつも言っていました。

その頃は県立の高校は数が極端に少なく、一つの中学校からは、せいぜい2、3名しか合格出来ないし、受験しても合格者が一人もいない中学もあったのです。そういった難関の高校にたった2年間の勉強で合格する事が出来たのですよ。

だって、それは自分が高校に行きたかったからでしょう?

やらされて勉強するのだったら、そういった価値観は無いのだから、いくら小学校から大学まで、塾に行ったり、家に帰ってもテレビも見ないで深夜遅くまで頑張って勉強したとしても、今現在大人になって身についている事はあるのかな?

私の持っている一般的な知識だって、社会に出てから必要に迫られて勉強した知識なのだし、読んだ本だって、少なくとも学校で読まされた知識ではない。

私が高校に入学して一年生の時に買った教科書は、そのまま新品のまま学校の机の中に置きっ放しで、3年間一度も家に持って帰らないだけではなく、それどころか一回もページを開かないままで、卒業の時に入学してきた新1年生に高く売ってしまったがね。1年生は「新品だ!」と言って喜んでいましたよ。

ちなみに、高校を受験したのは勉強をしたかったからではありませんよ。養父は、「中学を卒業したら、家を出て働け。」と言っていたからです。養父は医者だから、私が「医者になって病院を継ぐのなら、勿論、大学にも行っていいし、入学金も生活費も全部出してやる。」と言っていたのです。だから、「それ以外の事をやりたいのなら、自分で勝手にしろ。」と言う意味でした。別に当たり前の考え方ですよね。だから、生活のために、当時は一番の高校に入って医学進学クラスに2年間は在籍したのです。

 

[一芸に秀でたものは]

勉強には「一点集中型の勉強法」と「広く浅く型の勉強法」があります。「広く浅く」と言う考え方は、結局、結果的には子供の心の中には最終的には何も残らないので、何も勉強しないのと同じ事なのです。それが日本型(儒教型)の無意味な勉強法であると言うわけなのです。

一点集中型の勉強法では、広い知識を得ることが出来ないとよく言われます。

我々の間にも「音楽馬鹿」と言う言葉があります。本来の意味では音楽の事しか考えられない職人的な人種を言うのですが、音楽大学では、それの意味を少し取り違えていて、ピアノは上手だけれども、他の教科(事)は一切駄目な学生の事を揶揄して言います。

しかし、それはとんでもない、間違いです。

この場合の「音楽馬鹿」と言う状態は、まだ勉強の過程であるかもしれませんし、その生徒のNiveauが中途半端な所で満足してしまう「挫折型」の生徒であったかもしれないのです。

もしも、勉強の過程の生徒であったとすると、プロに到達した時点で、一気に世界が開けてきます。開眼すると言うか、勉強に必要なものが見えてくるのです。

そこで私のオハコであるヨージーの法則が出てきます。

 

ヨージーの第一法則

一芸に秀でた人は全ての芸にも通じる

 

という「二兎を追うものは一兎も得ず」のちょうど、真逆versionのお話です。

 

一見すると、本来の箴言とヨージーの法則は矛盾している事を言っているように思われるかもしれませんが、そうではありません。その話はいとも簡単に、明確に説明することが出来ます。

 

私はよく富士山の例を持ち出します。

富士山は孤高で一人だけ、高くそびえ立っているのですが、よく見ると、その裾野の山々だって、千メーターを遥かに越える山なのです。

上野の山とは比べ物にならないぐらいの、遥かに高い山々なのです。

 

テレビやドラマで活躍する俳優さんや、優れた絵描きさん達、或いはピアニストなども、自分の専門分野だけでなく、色々な別の分野の世界でも頭角を現している、(色々な技術に優れている)人を沢山見かけますよね。

そうすると、先の上野の山の話が眉唾に見えてきますよね。つまり、幅広く色々な事をやる人は、水準が低い、と言う原則に反しますよね。

でも本当はその意味は少し間違えています。プロの役者さんや絵描きさんが、他の道にも通じているのは、その人達の専門の職業である、役者(絵描き)と言う仕事で、プロに達しているからなのです。

 

私が言い続けている事は、子供のようにまだ成長の過程にある場合には、「広く深く」勉強をさせる事は、子供に過負荷を与えることになってしまいます。結果、運よく挫折や心身症にならなかったとしても、何にも興味を示さない「広く浅く」の子供が出来上がってしまうのです。

テレビを見ていると、良くそんな育ち方をした若いお嬢さん達が画面に出てきますよね。顔はとてもきれいで、スタイルも抜群なのですが、心がぱさぱさしていて、干からびています。それで、興味はブランドを買い漁る事と、海外旅行と、男遊び・・・それ以外に何があるの?って、マジにそう言っていたよ!!

 

ですから、「自分の子供だから何でも出来るだろう。」と言うのは、親の欲目の、ただの過剰期待にしか過ぎないのです。私は私自信が出来ない事を、先生方には要求しません。パソコンの使い方から、魚の開き方、皿うどんの作り方から壁の塗り替えの仕方まで、全部一度は自分でやって見せます。

又、逆に「うちの子は、そんなプロを目指すようにはならないと思うから、ある程度の成績はとれるようにして於かないと・・・・」と言う考えで、子供が夢中になって勉強している物を、取り上げてしまう親もいます。そうすると、結果としては、「広く浅く・・・」⇒「何も出来ない・・・」子供が出来上がるのですよ。当たり前でしょう?高みに上らないで、いつまでも、低い所にうろうろしているのですから!

 

親の子供を教育するコツは、大人がなるべく「子供の不必要な負担」を取り除いて、一つ事に集中できるようにしてあげる事なのです。

一つの事を深く追求していくと、高い山で裾野が広がるように、自然にその底辺が拡がって行くし、周りの知識も深くなっていくと言う考え方は理解できますよね。

しかし同じ事を説明するのにもうひとつの解釈もあります。

 

それは、Niveauと言う考え方になります。

職人の職業は沢山ありますが、プロと言う水準は、一つしかないと言うことなのです。

私は、勿論、音楽以外の事は門外漢ですが、時にはプロの絵描きに絵画の事でけちを付けたり、プロの漫画家に漫画の書き方の事で、けちをつけたり、色々と小うるさい事を要求する事が、よくあります。それで、嫌がられたり、迷惑がられたりした事はありません。

バレーダンサーや、絵描きさん、或いは詩人でも、よく私に「何処でそんなプロフェッショナルな勉強をされたのですか?如何してそんな事まで知っているのですか?」とよく聞かれる事があります。勿論、当たり前の事ですが、私がそんな色々な事を専門的に知っているわけではないのです。

当然、勉強したわけでもありません。

しかし、「プロとして、プロの目で見れば、分かるんだよね~!これが・・・!  職業はいくつもあっても、プロは一つしかないからね。」

ですから、私は生徒や弟子を指導するときには、簡単な曲や、易しい曲、或いは音楽以外の物に対しても、プロの水準を要求することがよくあります。(珈琲の入れ方とかもね!)

簡単な曲を完璧に弾く事が、プロに成る最短の道(ロイヤルウェイ)だからです。

Beyerを完璧に弾ければ、誰でも演奏家になれるんだよね。完璧に弾ければ・・・、だけどね!?
ハッ、ハッ、ハッ!

 



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[音楽は趣味だと言う人達にとってのお話]

論文はそれを読んでいただく対象の人を限定してお話をしているので、対象が外れた人達の場合には、論文の内容自体が不必要になることが多いようです。

よく私が説明しなおす事がある例では、女の子の「思春期症候群の話」があります。一生懸命音楽の勉強にいそしんでいる子供が思春期になった途端、体の成長の過程で、その技術や能力が60%ぐらいまで、ダウンしてしまう、と言うお話なのです。

子供がそういった状態になって、相談をしているときに、その子供のお母様から「私の子供時代には、そんな事はなかった。そうはならなかった。だから子供のわがままなのでは無いですか?」と言うお話が返って来る事があります。

その時に私が言う言葉があります。

「それは当たり前でしょう!だってあなたが子供の時には、何かに一生懸命になる事はなくって60%で思春期を迎えたのでしょう?60%の子供が60%になった所で、それは、誰も気付かないでしょうよ。本人だって分からないと思うよ。」

「思春期症候群とは、一生懸命に一芸に秀でようと、常に100%で生きている子供だけに起こる生理的な現象なのですよ。」(病気ではありません。女の子の成長の過程の生理現象なのです。女の子の思春期熱などと同じなのです。詳しくは、思春期症候群の論文を参照の事)

 

ですから、子供や一家の一番大切な目的が勉強そのものにあって、音楽はただの趣味に過ぎない・・・、最初から一芸を追求するのではなく、学校教育や塾などで、「広く浅く」の教育を受けている子供の場合には、「二兎を追うものは・・・」、という話は、別に問題は無いので、この論文を読む必要も無いのです。

それは、なぜかと言うと、父兄が自分の子供の事を相談するにしても、学校の先生や塾の先生に相談する事が殆んどであるし、又、一般大学進学等の知識や経験なども、塾の先生の方がプロなのだから、塾の先生に相談する事が正論だからです。

 

(ここの文章(好きだけでは何故駄目なの?)は、舌足らずですが、詳しく説明しようとすると、大変長い論文になりますので、別サイトの論文に幾つかに分けて、もっと詳しく書いてありますので、そちらを参考にしてください。)

 

[世間の風説のアドバイスに惑わされないで!]

①先生の側の話で

子供が音楽に興味を持って、音楽を好きになると言うことは、子供を指導している先生の努力の結果であり、また芦塚メトードの技術をマスターした結果でもあります。

しかし、当然、先生方は技術をマスターするために、多くの時間と努力を費やしたわけでありますが、当然、生徒や父兄達が、自分達がひたすら勉強してきたその努力を、当然のように理解してくれていると、錯覚します。それは、その努力を自分が一番よく知っているからです。

しかし、親は子供が技術的に著しい向上を示したとしても、それが子供の生まれながらの資質によるものであるとしか考えないのです。先生達がひたむきに努力して学んできた芦塚メトードを認める親は残念ながら非常に少ないのです。

先生達の努力が無駄なものにならないためには、そういった子供の能力が、資質によるものではなく、あくまで芦塚メトードによる先生達の常日頃の努力の成果であると言う事を、父兄の方々によく理解させて置かなければなりません。

理解される事のない努力は、「評価される事のない、ただの徒労である」と言う事を先生達は知って置かなければならないのです。

それは必ずしも先生だけに掛かる問題ではありません。先生に学んでいる子供自身にとっても、(そう言った事を意識しないままに、子供が上達してしまうと)、周りの風説に惑わされて、子供の将来を失う事が、非常に多くあるからです。

 

芦塚メトードを信じないで、(周りの風説にそそのかされて、)教室を去っていった生徒が、教室を(例え、唯単に「遊びに来る。」という事だけだったとしても)訪れて来る事は、非常に稀です。何故なら、私達にとっては、生徒が別の先生についたとしても、それは良くある事で、(「又かい?かわいそうに?」と言う程度で、あまり気にはしていないのですが、本人達にとっては教室に対して(或いは先生に対して)、不義理をしたと言うような、非常に後ろめたい気になるからです。

中には同じ千葉に住みながら「遠くからでも良いから、もう一度花園教室を見たい。」と言って、先生に会いたくても、教室を訪ねて来る事の勇気さえない子もいます。

 

つまり、幼い時から延々と、私達がいつも「そう言うことがあるのだよ。」と注意していたのにもかかわらず、また先輩と同じように、周りに惑わされてしまった、と言うことでもあろうか・・。

そのトラウマが、教室を遠いものにしているのです。

 

②生徒の立場で

(あなたが人の紹介で別の先生に付いた後に挫折したとしても、先生を紹介したその人は「あなたは、所詮、音楽には向かなかったのよ。」としか言わない。)

多くの生徒達が芦塚メトードで著しい成長をします。

そうすると、そのことをよく知らない回りの人達が、ありもしない一般論で「音楽に進むのなら、音大の先生につけなければ。」とか「プロになるには芸大の先生よ!」とか無責任に言い始めます。そしてこれまでに多くの生徒が、潰されて音楽をやめて行きました。そしてその無責任の輩は言うのです。「やっぱり、**ちゃんには音楽は無理だったのよ。才能がなかったのよ!早く諦められてよかったわね!」自分達がその子供を潰した事は、絶対に認めようとはしない!

お気楽な人達であります。

その人がお気楽で、その話をしているのか、本当に子供の事を考えてアドバイスをしているのか、その意識を探るのは簡単です。

その人達が子供の進路をアドバイスする上で、その人が「子供の勉強してきた状況」を何処まで具体的に分かっているのかを尋ねて見ればよいのです。

例えば、相手の答えが、「今、行っている教室は、ただの巷の音楽教室なんでしょう?」とか、「やっぱり音楽に進むのなら音大の先生じゃなければねぇ~!」とか言う人には、「一度、今、通っている教室のホームページを、完全に読んでください。それからもう一度、子供の進路についてお話しましょう。」って、言って欲しいんですよね。

 

私達の所は、世間で思われているように、「音楽教室」では無いんですよね。

「芦塚音楽研究所」という「研究所」だって事、知っていました?

 

もし、あなたが、そう言った時に、相手の人が、「ホームページをいちいち読むのなんて、めんどくさくって、かったるいわ!」と言う態度だったら、子供の将来をその程度の意識と知識に託して欲しくはないですよね。

だって、今まで、子供と一緒に、一生懸命2人3脚で頑張って勉強してきたのに、ただの井戸端や赤提灯での話で子供の将来を決められたとしたら、親としてはたまった物では無いでしょう?

 

相手の方が、子供の今の状態やlevel、通っている教室の考え方や実績などをちゃんと理解して勉強した上で、話してくれているのなら、その話をまじめに聞いてもかまわないでしょう。

「俺、俺、詐欺」では無いけれど、もっと、相手がどんな風に、どんな立場でお話をしてきているのかをよく理解した上で聞くべきだ、と言うことなのです。

 

それをもっと、具体的に説明すると「音大の先生につけば良い。」と言っている人は、その音大の先生が人格的にどんな人で、どういうレッスンをしているのか、生徒達は皆挫折させないでちゃんと大学受験に合格させているのか、そういった実績はあるのか等々、そう言う事を調べた上で、話かけてきているのか?と言うことなのですよ。

だって、自分が子供にかけてきた労力、(時間と手間隙)の事を考えたら、そんななんの知識もない安っぽいアドバイスは、して欲しくは無いでしょう?

 

③私の病院の例に例えて・・

安っぽいアドバイスとは、病気の人に、「どこそこの大学病院だったらいいわよ。」と言っているのと同じですよね。

「親方日の丸だったら、良いに決まっている。」「病気をしたら大学病院よ。」と何も分かりもしないくせに、無神経に言っているのですよ。

もし、本当に責任を持って、アドバイスをするのなら、そこの大学の先生が、同じ症例の患者さんを何人手術したのか、どう言う評価を受けているのか?・・を、ちゃんと調べてから言って欲しいものです。

あなたは、自分の子供が生死にかかわる大手術するとしたら、何も調べずに、有名大学の先生と言う事だけで、手術してもらいますか?ひょっとしたら、その先生はその病気の患者さんを何人殺したのか・・・?分かりませんよ。子供のことを親身になって思うのなら、そういうことをちゃんと調べるのではないですか?そうでないと恐ろしくって恐ろしくって、子供の命を任せられませんよね?

 

④世間の風説と大学の先生

昔々のお話ですが、まだ教室を開設して間もない頃、その当時、私の行きつけの喫茶店でのお話ですが、T子が小学校6年生になったときに、T子の父親が私に面会を求めて来て、私に対して「あなたに、T子が指導出来る所はここまでです。巷の先生がこれ以上私の子供の何を指導出来るのか?これから先は芸大の先生にお任せしますから。」と失礼にも、私に面と向かって、そう言ってきました。

話を聞くとはなしに聞いていた喫茶店の主人が、「芦塚先生、よく平静に黙って聞いていたよね。ボクなら相手の事をぶん殴っていたよ。」と、私が感情をあらわにしなかった事について驚いていました。

何故、私は癇癪を起こさなかったのか?

それは簡単です。その結果が目に見えていたからなのです。

これから崖を転げ落ちる人を、敢えて癇癪を起こす必要は無いからね。

その当時、その芸大の教授は、生徒を20名しかとっていなかったので、まだ3人の生徒がその先生にlessonをして貰える事を待っていると言う事で、席が空くまで3ヶ月待ちという話でした。

私達は「それは3ヶ月の間に、4人の生徒が、確実にやめる予定という事なのか?!」と言う話をして、驚き呆れ笑い転げてしまいました。

まぁ、いずれにしても、そういうことで、彼女はレッスンで見て貰えるまでに、「3カ月待ち」と言う事になったのですが、芸大の先生の面接が終わって、lessonをその内に見て貰える事になったと言う事で、その父親が又私の元にやってきて、「後3ヶ月間、芸大の先生の空きが出来るまで、子供の指導をして欲しい。」と言う事を申し出てきました。

他の人達は、私が当然癇癪を起こして、断るものだと思っていたらしいのですが、私はそれを当然のように引き受けました。

その理由は、私がその子供の小学1年生の時からlessonを始めて、数年間経ち、その子供の感性はとても豊かなのに、何せ、親が、私の事を小馬鹿にしているので、子供もそういった意味で、私の事を本当には認めていなくて、どうしてもlessonが上手くいっていない部分があったからです。

つまり、その生徒は、技術的には天才的に上手なのですが、私から学ぶべき音楽の何かが違っていたのです。

で、今回、T子は教授から面接と1,2回のlessonを受けました。

親は、さも偉そうな先生の態度に「さすがは天下の芸大の先生ともなると、貫禄が違う。」と言って感激していたのですが、T子は一度レッスンを受けただけで、その先生の実力を見抜いてしまって、この先生の元では何も学べないと言う事に気付いてしまったです。

だから、その教授から直接lessonを受けた後では、T子は始めて私の事を認めて、尊敬して、恭順の態度でlessonに来たのです。

そこで私はT子に、「本当はこれからあなたが年齢的に、技術的に成長するに従って、ちゃんと順番にあなたに教えたかった事を、無理は承知で可能な限り今からあなたにlessonするから、今、それが出来ても、出来なくっても構わないから、ちゃんとしっかり覚えておきなさい。それはあなたが将来、もし音楽に進むのなら、絶対に必要な技術なのだから。」と言って、lessonを始めました。

それ以降のT子のlessonは、あたかも、もう死期が迫っていて、後が全くなくなってしまった病人のように必死で鬼気迫るもので、痛々しく涙無しには語れないものでした。乾いた砂漠に水を流すように、必死に吸収しようとする小学6年生の女の子のlessonは、今思い出しても、痛々しいものです。

しかも彼女にとって、死ぬほど大切なそのlessonは3回しか行われませんでした。

何と2週間後には彼女の前に待っていた3人の生徒も全員弟子入りする事が出来て、3週間目には、彼女が生徒になる順番が来てしまったのです。

私の最後のレッスンの時に、声を上げないで涙を流している少女を見る事は、私にとってもとても辛い事でした。

勿論、その先生に師事した彼女は、その後、当然音楽大学に進む事はありませんでしたし、二度とヴァイオリンを手に取る事もありませんでした。

これほど悲しく酷い話はそうそう無い、と言いたいのですが、そうではなくて、この手のお話と似たようなケースは、そんなに珍しいお話ではなく、それからも何度も同じようなケースがありました。

つまり、親にとっては、先生の権威でしか、先生を判断する事が出来ないのに、子供が判断する基準は、あくまでその先生の技術と実力だからなのです。

勿論、年齢によって、その目は曇らされて行きます。

中学生の上級生や高校生ともなると、権威で惑わされる生徒と、自分の目で見ている生徒は半々ぐらいになります。

ちゃんとした音楽教育を受けていてもそうなのですから、まあまあ、音楽を勉強して経験がない人達が、如何に風説に惑わされるか、と言うのは、しごく当たり前の事なのかな?と言うお話でした。

 

その誤った教育で、人生を棒に振ってしまった子供達の実例は、公開講座の論文の冊子である「挫折について」という論文に、たくさんの実例が載っていますが、この論文は公開講座に参加した当時の御父兄を除いては、一般公開はしておりません。

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[論文を書いた時期]

私が教育論文を書くと、いつも必ず、それを読んだ方達から、「私の(家の)事が書いてあるのですか?」と質問を受けます。

それで、その時に、いつも論文の書かれた時期のご説明をするのですが、一例として、今お話した「挫折について」という冊子が書かれたのは、今から20年前、つまり教室を開設してから、当初の5年間(1983年から1989年の間、所謂元号でいうと昭和58年から62年の間)の間に書かれた論文なのです。ですから、この論文が書かれた当時は、御質問をされた御父兄は、多分まだ結婚さえされていなかった、(ひょっとしたら、まだ小学生位だった)のでは、ないでしょうかね?

それなのに、いつも「私の家の事ですか?・・・」というご質問が出てくるのは、その話が、「論文の書かれた当時から、その後の20年間、子供を取り巻く教育界は何一つ変わっていない」ということの表れなのですが、それは致し方ないことがあります。

 

それは、私がこういった研究を続けてきて、只一人で社会にアピールしたとしても、それが社会を変えるには、社会の制度自体が変革することが必要だからなのです。

夫婦の共稼ぎは今の時代ではすっかり定着して当たり前になってきました。(つまり、私の20代の頃までは、共稼ぎとはまだ一般的ではなかったと言う意味です。)

しかし、世界で言う所のグローバルな意味での夫婦の共同作業と言う男女平等という考えかたとなると、日本社会はまだまだ儒教時代(江戸時代)の古い制度のままなのです。つまり日本社会での「共稼ぎ」はヨーロッパのように男女の意識の変革で生まれてきたのもではなく、ただ単に経済事情の悪化によって生まれたものなのです。

 

日本人は普通、昭和初期と比べて或いは20年代30年代と比べて、日本社会は経済的にとても豊かになったと信じています。

しかし、よくよく考えてみると昭和20年代、30年代までは、男一人の稼ぎで一家を養う事が出来たのですよ。それに、20代の後半では、今よりもはるかに広くて立派な家を買う事も出来た。現代社会で豊かになったのは、物が豊富になっただけでしょう?

それを豊かになったと勘違いしているのですよ。生活力と言う意味では、戦前の人達(曾おじいちゃん達)から比べて、半分ぐらいになっているのでは無いですか?

社会の通念や通説は社会によって語られていきます。それがどんなに誤った事であったとしてもなのです。

私がこの教育の論文を最初に発表した頃は、まだ塾でさえ、一般的ではなく、特別な生徒だけが通う所だったのです。

塾ブームが到来するのは、もう少し後の時代なのですから。

だから私が「競争教育は子供の心を壊してしまう。」とか「得点主義の教育は、子供の人格を破壊し、情緒やモラルの低下を生み出す。」と言った話を主張しても、それを唯の理想的な教育法で机上の空論として、誰もそれをリアリティのある話としては、聞いてくれませんでした。ただ、教育の専門家達は私の話をアメリカ社会の教育の崩壊が、いつかは必ず日本にも来るのかもしれないと言う事で、私の話を近未来的な予言として聞いていただけです。

30年間言い続けても、社会には何の波紋も起こせなかったかな?

と言うことで、それでもめげずに、教室の中だけではいつも言い続けている事なのですが、こればっかしは、(私が30歳の頃からそういった話を言い続けていたとしても、)それを聞いてくださる御父兄の方は、いつも初めて教室に来て初めてその話を聞くのですから。

 

私が言っている事は、子供達の幸せのために、社会的にも教育に対する意識が代わって欲しいのですが、現実的には、もっともっと最悪な状況に成って行っています。

一時期にはゆとりの教育とか言われてきたのですが、社会的にゆとりの意味を穿き違えていて、休みに日に塾に通うとか、結局の所、塾教育を増長するだけの結果になってしまいました。その結果、塾戦争も勉強オンリーの教育もエスカレートして、人間性を否定する競争教育の当然の結果として、私達の時代には起こりえなかった、榊原事件や親殺し、子殺し、秋葉原の事件と、何の脈絡もなく殺人事件がごく普通の子供(少なくとも、親や周りの人達はそういっていますが・・・)に起こる恐ろしい世の中になってしまいました。

それに対して、今現在も相変わらず、教育界や政治の方も無為無策です。

そういったマスコミを賑わす事件が起こるたびに、社会の構造的な矛盾を正そうとするのではなく、ただ法律だけを厳しくする、と言う歴史学的に辿ってはいけない最悪の道を今の日本は歩いているように見えます。

為政者がやっていけない事は、「事件が起これば、罰を厳しくすればよい」と言う考え方です。極々普通の人間が、「捕まるのが怖かったから」と言って、轢逃げをします。根底には、「見つからなければそれで良い。」と言う考え方です。「誰も見ていなければ、なにをしても良い。」その結果、学校の近くのお店では、万引きのためにお店が潰れてしまう、と言うこともよくあり、マスコミにもよく取り上げられています。

子供から、老人までも平気で万引きをします。見つからなければ良いのです。

 

親にとって、子育ては初めてのことで、そういった一つ一つの問題を経験する事も初めてなのでしょうが、私たち教育者は、毎年毎年謝った社会の通念に惑わされて、全く同じ道を辿って、子育てに失敗していく無数の家族の例を見てきました。

家庭は世間一般の通念を信じる。それが架空の話に基づいているとしてでも、である。

皆がそう思っているのなら、正しいはずだと。

 

[誰でも理解できる社会の矛盾]

(親方日の丸はもう既に崩壊しているのに・・)

「社会で一般的に言われている事、所謂、社会通念は絶対に正しいものだ」と言う意識が一般の人達にはあります。

それが正しい事か否か、理屈で考えれば誰でも分かる事なのに・・・、です。

 

今現在、それが一番分かりやすく、且つ、タイムリーなのは年金の例でありましょう。

実は、年金は「国の人口が限りなく増加し続ける」というあり得もしない前提の元に成り立っているのです。

誰でも数学をかじった事のある人は、人口増加曲線の原理は知っているはずですよね?

緩やかに徐々に増加してきた人口は、ある一定の数から突然爆発的な増加をして、頂点に達すると急激に降下します。

ラットの集団自殺などもよく知られている出来事ですね。

日本の国土面積から見れば、日本人の最大人口は自ずから限られていることがわかるから、爆発的な人口増加が始まった時点で、急激な少子化の時代の到来は当然誰でも予測可能であったはずです。

私の大学生の頃の時代は、まだそういった急激な人口の増加の一歩を辿っている時代でした。

だから年金なども、今のように国民の義務ではなく、希望者だけの自由加入の時代だったのですよ。「年金なんて、入りたくなければ、入らなくって良いのだ!」と政治家や役人が豪語していた頃の話です。

人口が増加し続けているその時代に、人口増加率の話を、役所の役人にして、「もしも、人口が減少し始めた時には、私は幾ら年金を還付してもらえるのか?」と役人に質問した時に、その問いに答えられる役人は一人もいなかったのです。当時は勿論、消費税などもなかったしね。

だからお役所が、超お金持ちの時代で、年金も「使え!使え!」の時代で、お役所も、今考えると考えられないような、無駄な建物や投資をやってお金を無駄遣いしてきたわけです。当時の年金生活者も、1万以下(9千円とか8千円)を積み立てるだけで、毎月30万近い年金を貰えていました。本当に、掃いて捨てる程、お金が有り余っていたのですよ。その時代に、「将来は、年金のお金がなくなるのだ!」と私がいくら言っても、本当に誰一人として信じてくれなかったのです。

当時の私と同じぐらいの世代の若い人は、当然、その頃年金を貰っている老人と同じぐらいの金額を、自分が同じぐらいの年齢になった時、当然受け取れるものと信じて疑わなかったのですよ。

それで、私が国を信じていない(年金を信じていない)事を、私の周りの人達は逆に信じられなかったわけです。「何で、あなたはお国のやる事を信じられないの?」ってね!

しかし、ね~!  幾ら、親方日の丸でも、人口が一億を越した時点で、理論的に無理なものは、やっぱり無理なのだよ!

でも、幾ら説明しても、どうしてもそこの所は、誰にも分かってもらえなかったのですよね。

 

で、30年経って、やっと今その話が現実の問題となって、毎日テレビを賑わしています。

私達の年齢ではそれだけの年金は、もう貰えないのだですよ?それどころか、払った分さえ帰ってくるかどうか、今はまだ、分からないんですよ?

知っているかい?

 

芦塚メトードは、現代の日本の教育のあり方を、真正面から批判しています。しかし、批判だけなら、マスコミでもしょっちゅう取り上げられて、問題提起されていますね?

芦塚メトードが一般と違うのは、それをただ批判するだけではなく、それに代わる指導法として確立した教育法であり、カリキュラムなのです。そして実際に実践して成果を出している教育法なのです。

 

現代のテレビを見ていても、ちょっと問題が浮上すると、その道の専門家と呼ばれる人達がコメンテーターとして登場して、「ああでもない、こうでもない。」と批判をしています。しかし、決して、「どうすれば良い。」とはコメントする事はありません。批判をする事は、誰にでも出来る。問題は、或いは、大切な事は、「それからどうすれば良いのか?」と言うアンチテーゼを出すことなのです。

批判だけなら、サルでも出来る。大切な事はその批判に替わるmethodeなのです。

そのアンチテーゼが芦塚メトードにはあるのですが、作った当初はその理論が、きれいごとの話であって、机上の空論、夢のお話だと思われてしまう傾向にありました。

そのためにその芦塚メトード研究会の人達の委託を受けて、その理論の実証、実践の場として千葉に音楽教室が作られたのが、この音楽教室発足の由来なのです。

そうでなければ、なんでこの私が子供の指導なんか、するかい!

その理論の習得と理解は、教育の専門家や音楽の専門家にとっても、非常に難しい理論であり課題であり、その技術の習得には大変な時間と労力を要します。

子供達が「私、音楽が大好きよ。」という何気ない一言を言わせるのに、先生方がどれだけの努力と勉強をしてきたのかと言う事を、そういった言葉を無神経に発する人達にも、是非分かって貰いたいものです。

 
 

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