K君は変な癖があります。ピアノを弾いている時,段が変わるたびにリズムが抜けたり、止ったりてしまうのです。一段目の最後の小節から、次の二段目の小節に変わるときに、無意識に次の小節を探してしまうのです。そんな癖が中々直らなくて困ってしまったピアノの先生から相談を受けて、芦塚先生はK君に次のようなお話をしました。

十字路の話

K君は今日はお父さんの運転でお友達の家に遊びに行く途中なんだよ。お父さんは道を知らないから、君が道案内をしているんだ。十字路に差し掛かった時に「お父さん!そこを右だよ。」といったらお父さんが「なんだよ!」といって怒り出したんだ。どうしてだと思う?

「車は急には曲がれないから。」

「そうだよね。じゃあ、どうすればよかったのかな?」

「もっと前で、『次の信号を右に曲がってね。』って言えばいい。」

「そうだよ。その通り。ではこの小節も次の段に飛ぶから十字路と同じだね。じゃあ一小節前の時に『次の段』と言ってみよう。」

K君弾く。「次の段」と声を出すのを忘れて、やっぱり最後の小節でつっかえてしまう。

芦塚先生がすかさず「あっ!事故った!」

「事故ら無いようにするためには、一小節前でちゃんと次の段を見なくっちゃ!」

芦塚先生めがねマークと矢印を書く。「さあ、標しをしておいたけど、こんどは事故らないで次の段に移れるかな?」

 
問題の課題自体は大したことではないでしょう。ピアノの習い始めの一段譜から2段譜へステップアップするときに目線の追い方をしっかり指導しておけばよかったのですから。K君のように大きくなるまでこの癖がほっておかれたこと自体に問題があります。ある程度大きくなって先生を替わってくる生徒は多かれ少なかれ、何らかの指導上の問題を抱えてくるケースが多いのです。(本人や親がそれに気がついているか否かは別ですが)ですから問題点を直接的に指摘するのはあまり利口なこととはいえません。親にとっても長年お月謝を払ってきたことが全く無駄になるとは信じたくないでしょうし。ましてや子供本人にとってはいたたまれないことになります。

そういう場合に物語や比喩をその場で作ってあげることは円滑なレッスン運営にとって非常に率の良い結果を生みます。

男の子は大体車が好きです。興味のあることにかこつけてお話を作ってあげるとすぐに直ります。この場合に、譜読みが間に合っていないのに、手拍子をしたり、メトロノームを使ってもますますつっかえるだけで直りません。問題と回答がかみあっていないからです。先生が注意しなければならない最大のポイントは先生自身が生徒の目線の位置を追えるかにあります。
こういった生徒の問題点は正しい譜読みの仕方を学んでこなかったことに原因があります。正しい譜読みの仕方や初見の仕方、暗譜の習慣づけなどが育っていないのに、どんどん曲だけを難しいものにグレードアップしてきた場合の子供に良く見受けられる現象です。