「J.S.Bachのinventionenとsymphonienは、polyphony(複音楽)の音楽として作曲されている。」・・・と言ったら、「何を、今更・・」と言われそうなのだが、ところが実際にはそんな単純な話ではない。
或る時、私が指導している中学生の女の子の生徒から(私の生徒・・って簡単に書かないのは、担当の先生がいて、私は月一のlessonをするだけだからです。)、「友達のピアノの演奏を聴いて欲しい。」と頼まれた事がある。
某国立の音楽大学のピアノ科を目指して、その大学の先生に小学生の時から師事しているらしいのだが、「Sinfoniaの練習がどうも上手く行かないので、一度聴いて欲しい。」という事であった。
その子にとっては、「友達の、趣味で通っている巷の音楽教室のピアノの先生」・・という事で、親を介した正式なlessonの話ではなく、もっと子供同士の感覚の「お気楽」な話としての、「アドバイスの一つ、二つも貰えればいいのかな??」ぐらい気分での相談であった。
・・というよりも、「あたい、頑張ってんのよ!凄い上手でしょう!??」って、褒めて貰いたかったのが本音かな??
そのために、「lessonとして来るのではないのだから、別に時間を作るのではなければ、構わないよ??」 と,こちらもお気楽にその相談を受け流した。
某国立音楽大学を受験するために、小学校入学以前から、受験勉強として音楽を学んでいる中学生のピアノの水準(level)というものに、「どれぐらい、上手なのだろう??」と、ワクワクとした期待を持った事も、一つの理由なのだからね。
しかし、それと同時に、「中学生3年生でSinfonia??」「それって、国立の音楽大学の受験としてのcurriculumとしては、チョッと遅れ過ぎではないの??」と、私の生徒に聞いたのだが、その先生は、「(curriculum的には)問題はないとして、指導している」・・という事で、「ふ〜ん??」と受け流した。
まあ、音楽は、ドリルではないのだから、Sinfoniaへのapproachの水準(内容)がそのlevelに達していれば、教材が何であろうと、「遅れている」・・という事はないのだから・・・。
つまり、一般の音楽教室によく見受けられる用に、教材のlevelだけを上げて、幾ら難しい曲を勉強していても、内容が伴わなければ、それは意味はないのだからね???
さて、実際にその生徒が教室に来て、Sinfoniaを弾いてくれて、驚いたね!??
内容が伴わない・・どころではなかったね!??
一応、弾いてはいるのだが、「声部の受け渡し」が全く出来ていないのだよ。
しかも、その事を注意しても、彼女は、lessonで、そいう事について、一度も、注意を受けた事もないらしい。
勿論、inventionにも、初歩的な「声部の交差」は出て来るのだが、3声ともなると、第一曲目から、非常に頻繁に、声部の交差が出て来るようになる。
inventionは、そのbaroque時代のCembaloやオルガンのための、polyphonyの奏法を教えるための、教材なのだよ。
ところが、その生徒は、「声部の交差」という複音楽特有の言葉すら、知らなかったのだよ!?
当然、声部が交差して動くという意味すら分かっていなかったのだよ。
見れば分かりそうなものなのだが、知らなければ分からない・・というのは当然かもしれないのだがね。
某国立の音楽大学の先生というのは、そのlevelなのかい??呆れたね??
それで、何処の大学の先生だと、言うのかい??
私は、昔々には、音楽大学の受験を目指す生徒達には、BachのinventionとSinfoniaを指導するようになった時には、生徒の必須の楽器として、必ずOrganの音がするKeyboardを買わせていた。
声部の音の繋がりとそれぞれの声部の交差を正確に聞き取る耳のTrainingをするためである。