前ページ



この箇所の問題点は、Bachの意図した和音進行自体にあるので、Bachの意思で書いたものなので、careless mistakeではないので、敢えて、ここはそのままにしておきます。


ちなみに、Bachのoriginalの楽譜では、短調の旋律的音階の上行型の臨時記号は、あまり書かれていない事が多いのです。「どうしてか??」って言われても、慣習的なものだとしか言えません。

この当時の楽譜は、手書き譜で、作曲者や作曲者の直弟子が、直接指導にあたったので、譜面はそれ程正確でなくても良かったのです。

そういった、楽譜の記譜上の不正確さは、Bachのみではなく、なんと、後世のMozartのoriginalの直筆にも見受けられて、私達を混乱させてしまいます。

というか、楽譜の記譜上の問題は慣習的な問題で、Bachの問題ではありませんし、Bachの楽譜は、他の作曲家達と比べても、正確で美しい筆跡だったので、それでも充分なのだですよ。

日本の弘法さんの筆跡ぐらいに美しい筆跡なのですよ。

美しいBachの筆跡といえば、Bachの夫唱婦随で、貞淑で、夫にかしずく女性の代表のような、二番目の奥さんであるAnna MagdalenaのBachの楽譜の浄書は、筆跡までBachとソックリで、後世のBach研究者を困らせています。

Bachの真筆だと思われていた直筆の譜面が、実はAnna Magdalenaの写譜であった、という話は、よくあります。今でも、筆跡鑑定をしないと無理なぐらいに、夫、Sebastianの筆跡に似ています。


Anna Magdalenaは、13人の子供を産んだのですが、そのうち7人は早世している。
とても、多産と思われるかもしれないけれど、その時代はヨーロッパでも、日本でも、女性は一人でも多くの子供を産む事が、どこかの国の大臣に言われなくとも、大切だったのですよ。
食事も衛生状態もその時代は良くないので、10人の子供をもうけても、その内の一人、二人が生き残るかどうか、・・・だったのです。勿論、女性自身も、出産で命を亡くす事は、珍しい事ではなく、出産は、本当に命懸けであったのです。
子供だけではなく、女性の平均寿命も短かったしね。

Anna Magdalenaの息子で作曲家として有名な子供は
、ヨハン・クリストフとヨハン・クリスティアンであった。ヨハン・クリスティアン(1735-1782)は、ロンドンのBachと呼ばれて、幼いMozartに多大の影響を与えた事でも有名である。

j.c.BachのCembalo(forte-piano)concertoOp.ZNr.5 変ホ長調T楽章は、次回の14年10月12日の千葉の発表会でひかりちゃんが、演奏する予定です。
楽譜は昔からあったのですが、教室で子供が演奏するのは、ひょっとしたら、初めてなのかな??
それとも、昔、みゆきちゃんが弾いた事があるのかな??・・・忘れた!!

夫Sebastianが若い新妻のAnna Magdalenaに与えたAnna Magdalenaの練習帳は、Bachの子供達や奥さんに対しての音楽教育の教科書で、こんにちの私達にも、結構、役に立つ教材です。

先妻であるMaria Barbaraも、家庭生活は円満でありました。Maria Barbaraは、Bachの従姉妹にあたり、7人の子供を産みました。
その一番目の子供は、この論文にひっきりなしに名前の出て来る長男の、Wilhelm Friedemann Bachです。
2番目の子供も、大作曲家としてヨーロッパ中に名前を轟かしたCarl Philipp Emanuelです。
Maria Barbaraは、36歳で突然、死んでしまいます。

その、一年後に、悲嘆に暮れるBachを見かねて、友人達が、娘で、宮廷の歌手であったAnna Magdalenaを、Bachに紹介します。・・・というか、それ以前にBachは、Anna Magdalenaの事を知っていた様です。
1721年12月3日にバッハと結婚し、20年にわたって13人の子を産みました。
・・・という事で、※に戻ります。



蛇足ですが、「夫セバスチャン・バッハの思い出」とか、「The Little Chronicle of Magdalena Bach」とか、いう本があって、それを、本当に「Anna Magdalenaが書いた日記である」思い込んでいる人がいて、困った事がある。

かなり、昔々から、原作者は分かっていて、女性のジャーナリストで、Bach崇拝者のEsther Meynellが自分が、Bachの妻になりきって、「私がBachの妻だったら・・・」という空想の中で書いたfictionであり、出版に際して、最初はそのように明記されていた。作者は、偽書を作る意図なんて、全くなかったのだよ!!1925年に出版した "The Little Chronicle of Magdalena Bach" が原著である。

その本が結構、世界的に、ベストセラーになって、ドイツ語に訳されて、ドイツで出版されたとき、「売らんかな!!」の営業的な理由から、著者名を伏せて、あたかもAnna Magdalenaの回想録であるように、変更した。
それを読んだ、読者が、全く誤解をして、「Anna Magdalenaの真作である」と、思い込んだ所から、著者の欄がAnna Magdalenaである本が世界的に出版されてしまい、さらに誤解を生んでしまった。
という事で、お馬鹿な音楽大学の教授などが、未だにその本を書いたのは、Anna Magdalenaだと信じ込んでいるので、結構、lacherlichなのだな??

私のBeyerの伝記も、「私の創作である。」と明記しているよ!!
間違えても、Beyerの伝記だとは思わないように・・・・!!
アハッ!!






top

装飾音について
BachのCembaloやorgelの曲を演奏する上でその装飾音の弾き方の拠り所となっているのは、Wilhelm Friedemann Bachの練習帳の冒頭に書かれている装飾音の一覧表である。
Bachの平均律にしても、その他の作品にしても、殆ど全ての作品の巻頭にこの装飾音の一覧が掲載されている。
そして、その装飾音の一覧を守らない学生は、異端児扱いにされてしまう。
あたかも、Bachが自分の書いた全ての作品でそのornamentを使用するように、命令、下知したかのように、音楽大学の教授や、academismの先生達からは、絶対的な権限を持って支持されている。

次ページ