今回のlessonでは、生徒達が、通常、弾き慣れている既存の(出版されている)所謂、「校訂版」ではなく、Bachの手書き譜のfacsimile版を使用して、lecturelessonをします。
つまり、Bachの手書き譜によるperiod奏法のlectureなのです。
Bachのfacsimile版は、羽ペンの特性上、開始と終止の位置が曖昧で、それが無数の原典版の存在を招いているのです。
つまり、facsimileから、正確なbowslurを取るか、ある程度、おおまかに既存の常識的slurに寄せて解釈するか?の問題になります。
でも、この事は、Bachの弦楽器の演奏解釈のみならず、Cembaloのinventionやsinfoniaに至るまでの、総ての版に共通する問題点になって、演奏者を悩ませる問題提起になるのです。
・・・と言う事で、芦塚先生のlessonでは、先ず第一番に、楽譜に書かれたのbowslurを、一切の疑問や先入観を無しに、見たままで、そのまま演奏をする・・というlessonをします。
それは、生徒達にとっては、eccentricな異質なbowとして、無意識に体感的に拒否反応をしてきます。
でも、Bachのbowslurの意図を説明するためには、先ず乗り越えないといけない、第一の壁です。
それから、芦塚先生のBachの意図を探るためのlessonのkritik(批判、批評)が始まります。
そのlessonの例は、楽譜のinterpretationの勉強になります。
例えば、この楽譜の最初の3小節ですが、Bachのfacsimileでは次のようになっています。