バロック音楽を愛する人は、誰もがチェンバロを所有したいと思うことでしょうね。
自宅に小型のチェンバロか、スピネットを置いて、友達を呼んで合奏をする・・・、ああ、なんと素敵な事でしょうかね??
そんな、高嶺の花と思われていたチェンバロを購入するという事ですが、こんにちでは、グランドピアノを買う事を想定すると、金銭的にはチェンバロやスピネットを買うという事は、そんなに難しい事では、なくなってきました。
勿論、それだけ一般に普及してきた、ということなのです。
しかし、自分でチェンバロを所有するとなると、そのメンテナンスはとても大変です。
楽器のメンテナンスは、年に何回か、専門のチェンバロの制作の業者にお任せする、としても、チェンバロを所有して、日常的に演奏するためには、必ず、チェンバロの調律を覚えなければならない。
チェンバロの弦は、ピアノの弦と違って、ヴァイオリン等の弦楽器と同様に演奏(練習)する前に必ず調律しないと、半日もすると、温度や湿度で弦の調律が狂ってしまうものだからだ。
調律をする人が、pitchを安定させて調律をして、気温(湿度や温度)が一週間ぐらい変化しなければきちんといつも調律をしているチェンバロはそんなに狂うものではない。しかし4フィートの弦などの高音域の弦は、かなり弦が細いので、演奏の直前に調律して、演奏会に臨んでも、演奏中には狂ってくるものなのだ。
演奏会ならばいざ知らず、日常の練習や、ちょっとした、mini発表会のために、いちいち調律をするために、Cembaloの専門の調律師を雇うと、出張料や技術料、或いはメンテナンスの料金等々で、常に、云万円は覚悟しなければならない。
それを調律が狂ってしまったから・・、と言って、練習の度に、毎回業者に頼んでいたのでは、いくらなんでも破産してしまう。
又、地方在住の人達で、チェンバロの調律師が近くにいない場合にはチェンバロの弦の張替えぐらいは出来た方がよい。
ピアノと違ってチェンバロの弦は細くて良く切れる。
私の場合には昔から、長く使用している古いチェンバロやスピネットに関しては、買ってから、一度も弦が切れたことが無い。
しかし、新しく作ってもらったばかりの一段のチェンバロはどういうわけか弦が良く切れる。
車でも、新車の間はその車の弱い部分がよく壊れて、何度か修理をしている間に、直ってしまう・・ということがよくあるので、そんなものかも知れない。
多分同じ弦が切れているのではないかと思われるのだが、演奏頻度も多く、あっちこっちへ運搬されるので、Cembaloの不具合だとは言えない。
一度は、オペラシティでの演奏の直前に弦が切れたことがあったが、幾ら場所が近いとは言え、調律師を呼んでの、弦の張替えは流石に間に合わなかったので、切れた弦を外して、もう一列の8フィートで演奏してごまかしてしまった。
violin等とは違って、代え弦を常に準備している分けではないのでね。
通常の一段、2列のチェンバロの場合には、標準の8フィートと4フィートの弦を張るのだが、教室のCembaloの場合には、orchestraやensembleの演奏上の都合で、オーソドックスな8,4フィートではなく、8,8フィートになっているので、そういった対処が出来るのです。
真面目に調律の勉強をしようと思うのならば、一番オーソドックな調律法は、5度調律と3度調律でしょうね。
勿論、5度調律といっても、なにも完全5度だけで調律をしていくわけではありません。(そんな事をすると、全く音階にならなくなって和音も弾けなくなってしまいます。)
しかし、3度調律法の場合には基本的には5度は使用しません。
そこの詳しい話は、音楽の雑談の領域を越してしまうので、興味のある人は、専門の調律の本を読んでください。
何れも腕時計を使ってうなりの数を数えるのだが、音と音でうなりの比率が、音毎に異なるので、その唸りの振動を覚えるのは一苦労です。
それでいて二度と同じ調律にはならないというのも変なのだよ。
ドイツの調律師のやり方を見ていると、そこら辺は流石である。
最初のオクターブは機械で合わせてしまう。
ピアニスト付の調律師ですら専属のピアニストの調律の注文を数字で残しておいて機械で調整してしまう。九州に居るときその調律師から聞いた話だが、イエルク・デムスだったか、高名なピアニストが、北九州のホールで演奏会をする時、調律師が要望に応えられなくておろおろしていたら、ピアニスト本人が調律師の道具を取り上げてサッサかと、調律をしてしまったそうだ。
私もドイツでの貧困生活の中でピアノの調律を専門の業者に頼むのは、とても手痛い出費だったので、知り合いの調律師から調律の道具を買って自分で調律をした。
1年もしないうちに一列のクラビコードを買ったのでそれからは毎日のように調律はした。
クラビコードが舞台に乗ることはないが、実際のチェンバロを使った演奏会では、チェンバロが舞台に置かれている間に、温度でピッチが狂ってしまうので、曲と曲の間の、幕間の時間に、舞台の上で10分ぐらいの時間で、少なくとも2列はチューニングしなければならない。
その調律のスピードが出るか、否かは、毎日のチューニングの訓練の結果であろう。
ドイツ留学時代は電子式の、クロマティックのチェンバロ用のチューナーを持たなかったので(というか、そんなデジタルな機器は未だ作られていなかったので)、442や443の音叉を使って、5度調律や3度調律で真面目にチューニングしたのだが、日本に帰ってきて時代が下って(日本でも)クロマティックの電子式のチューナーが売り出されるようになると最初のオクターブだけは、チューナーで合わせてしまうようになってしまった。
いや、便利だ、便利だ!!
困ったことに、チェンバロにとって調律は平均率のみではない。
ルネッサンスのヴァージナル音楽を引き合いに出さなくとも中期バロックや後期バロックですら純正調を要求する音楽は結構ある。
ましてやバロックヴァイオリンの伴奏などとなると、(本当は)一曲ごとにチューニングを変えなければならないものもたくさんある。
バロックヴァイオリンだとスコルダトゥーラだとしても、せいぜい2弦か3弦をチューニングし直すだけであるから、大して時間は掛からない。
しかしチェンバロのチューニングとなると55本や150本以上の弦をチューニングし直すわけだから、そう簡単にはいかない。
金槌で6000本を超えるパイプをカンコン叩いてチューニングするオルガンなら、その場でチューニングするのは最初から「不可能だ!」と言えるのだけどチェンバロの場合には、それが全く不可能とも言えないので、始末が悪い。
パイプオルガンの調律には、基本的には3ヶ月ぐらい掛かるのだそうだ。
という事で、演奏会慣れしているチェンバロの調律師ならば、早い人なら3列でも20分ぐらいで調律できるかもしれない。
演奏会の会場や、発表会の会場で調律のために与えられている時間が、おおよそ、それぐらいの時間なのですからね。