教材研究
HändelのAriaの指導に対するlecture
音楽を指導していると、日本人の先生達の「思い込み」に悩まされる事が良くなる。
「Beethovenのトリルには必ずNachschlag(ナッハシュラーク後打音)をつけなければならない。」とか、今回のケースのように「Ariaは遅く弾かなければならない。」とか言う、思い込みである。
実際上、「その曲として」ではなく、「その時代の様式として」そういったAriaのtempo設定を調べると「Ariaは遅く弾かなければならない」という風説は、いとも簡単に「誤りである」と言う事を理解する事が出来る。
しかし、現実の社会では、たったそれだけの努力をする人は少ない。
ある企業のコンクールで、課題曲のAriaを演奏した子供が、HandelのAriaのtempoを早く演奏して不合格になった。
その教室で販売している模範演奏もAriaは遅く弾かれている。
「Ariaは遅く弾かなければならない」と言う風説が一般ではいまだに定説となっているのである。
Ariaの持つtempoの設定についての解説
バロック時代から近現代までの、MenuetからMazurkaにいたるまでのありとあらゆる舞曲といわれるジャンル(genre)の曲には、その曲特有のtempo(速度)とその曲の持つ独特のリズムがあることは、疑う事のない自明の理であろう。
残念ながら、未だにそれを無視して、情緒的、感情的にtempoや表現をする先生が多い事も事実だが・・。
「Aria(アリア)」のように、舞曲でなかったとしても、本来的には「Aria」として、名付けられる時には、それ自体が保有するその独自のtempoがあるはづである。
当然、「Aria」のtempoは、非常に技巧的なmelisma(細やかな装飾)を持つ、非常に遅い曲として、一般的に把握されることが多い。
その典型的な例がこのHändelの組曲第3番 d
moll AriaとVariationの曲である。
譜例:Händel 組曲第3番 d
moll Aria
一見すると大変複雑そうなこの曲も、非常に単純な素朴な親しみやすいmelodieの上に、装飾音で細やかに飾りたてたに過ぎない。
参考までにこの曲(Händelの第3番のAria)から、全ての装飾された音を省いて、全く素朴な基本になったmelodieを、復元して載せておく。
この曲は、Ariaのtempoが遅いゆったりとしたものであるという前提に立っている。
しかし、今回のこの課題曲の場合には、必ずしも、その前提は当てはまらない。
Händelは非常に早い曲やMenuet等の舞曲にすら、Ariaと名付ける事があったのだからである。
(本当に、Händelが、Ariaと名付けたのかどうか、と言う事は、私としてはすこぶる疑問とするところだが・・・。)
Händelの場合のAriaには、今日我々がAriaとして理解把握している非常に遅いmelisma(メリスマ)のornament(装飾)を持つAriaと、Händel独自と言って良い「調子の良い鍛冶屋」等の曲に表わされるように、非常に早いtempoの曲であるにもかかわらずAriaと名付けられた曲の二つのtypeがある。
Bärenreiter Urtextの番号によると「Aria 29番」となっているこの曲ではあるが、「何処が??何故??Ariaなのだ??」と疑問に感じざるを得ない。
残念ながら、私自身はHändelのfacsimileを見る機会がなかったので、このAriaという書き込みがHändel自身のものであるか否かを確認することが出来ない。
Handelの多くの作品は後世の出版社の校訂者の手により、色々と変更されているからだ。
こういった一見すると(完全な組曲になりえない)反故のような作品(・・・曲としての完成形という事ではなく、作品としての完成形である作品にはなりえないという意味である。) に対しては、Händel自身がその名前をつけたのかどうかはなはだ疑わしいし、また、Händel自身も、そういった反故的な作品に関しては、名前の付け方など、はなはだ無頓着だったといわざるを得ない。曰く、未完成の作品は全てAriaにしたとか・・・・??
そういった反故を集めたような曲の中で、曲の種別の先入観にとらわれるのは、はなはだ危険であるといわざるを得ない。
その良い例としては、このシリーズにをそのまま収まっている、次の曲(30番)に至っては、もう既に、Ariaと名付ける事自体無理がある。