(パターン認識では同じ物が把握できるようになると、次には何処が違うのかということが次のstepの課題になります。)(それを私はturning-pointと呼んでいます。
例えば、ヴァイオリンのザイツのコンチェルトのthemaですが、
一回目には「レー、ラー、ファ#ー、ミ、レ、ラ、となっていますが、
二回目には「レー、ラー、ファ#ー、ミ、レ、ド・ナチュラル」となって、つまりこの「ド・ナチュラルがturning-pointになるのです。そこをしっかり覚えると良いのです。)
(譜例5.)
8.年齢と脳の発達
子供と一緒に勉強していくうえで気を付けなければならない所は、年齢的な頭脳の発達を無視できないということです。特にうる覚えに対してですが、確かに、少しずつうる覚えをなくして正確に覚えるように注意していかなければなりませんが、感覚的に覚える年齢の時期には、まだ脳の論理的理解の出来る年齢まで待たなければならない時期であることも分かってあげなければいけないのです。
(蛇足参照)
9.暗譜の原理
人間には五感と言うものがあります。五感とは、①見る、(目)②聞く、(耳)③味合う、(口)④触れる,(肌)⑤臭う、(鼻)と言う感覚の事です。
物事は本来はその五感の全てに訴えた方がよいのはよいのです。電車の車掌さんが指を指して、大きな声で「出発進行」などと叫んでいますが、それを指差呼称(しさこしょう)、又は、指差確認喚呼(しさかくにんかんこ)と呼び、それこそ五感に訴える確認方法です。
しかし、五感全てに訴えかける記憶方は、「音楽は形の無い音を記憶しなければならない」と言う理由によって、五感全てを均等に使用するには、向き不向きがあります。
②の聞くというのは、CDや先生の演奏等を聞いて物まねをして奏くと言う事を言います。
③の味合うと言う事については、ちょっと問題です。音は五感と言っても、食べ物ではないので音を「味合う」と言う事はありませんが、(文学的な表現ではありえますが現実的には)その代わりと言ってはなんですが、口を使うので「味合う」と言う事の代わりに、「歌う」と言う事が考えられます。歌うということは本来的には聴覚による要素が強いはずですが・・・。
④の触れると言うのは弾いて覚える(指使いで覚える)と言う事なのです。
いずれにしても五感の中で⑤の「臭い」と言う事は、目下考えられません。音に匂いを付けると言う事はなかなか難しいので・・・。何せ形の無いもの同士なのですから。
10.アナログ式記憶法とデジタル式記憶法
記憶には(私が提唱している事なのですが)アナログ式記憶法とデジタル式記憶法があります。
別に音楽教育に限った話ではないのですが、学校や塾などの記憶法といったら、上記に書いたものである②~④の記憶法が日本の教育機関の中では殆どであると思いますが、私はそういった記憶法の事をアナログ式記憶法と呼んでサブ的にしか使用していません。
当然、アナログ式記憶法があるからには、デジタル式記憶法があります。
それこそ①の「見る」という感覚に訴える記憶法なのです。
芦塚メトードでは、「見る」という感覚に訴えるために、生徒に対して次のような確認作業をします。
ⓐ先生が「じゃぁ、此処から弾こうか・・?」と、いきなり弾き始めて、直ぐに(反射的に)生徒が追っかけて弾き始めることが出来るか。(音を使用しているので、一見すると②の「聞く」というアナログ式の記憶と思いがちですが、瞬時に何処からでも始められるということは、記憶のパターンがデジタル式の記憶を使っていないと出来ません。記憶をつかさどる脳の分野が、アナログの場合と異なります。
ⓑ先生が楽譜を見ないで、楽譜上の段数を指定して「五ページ目の3段目の3小節目の2拍目から弾いてください。」とか行って、生徒が直ぐに(楽譜を見ること無しに)弾き始める事が出来るかどうか?
ⓒ先生が小節番号を言う「134小節目の裏から」
ⓓ先生が練習番号を指定する「Aの[あ]の⑧から」とか
その場合に気をつけなければならないことは、絶対に、生徒に譜面を見たり考えたりする時間を与えてはいけないということです。
オケなどで先生がチェロのパートやヴィオラのパートを弾いても、オケ全体が直ぐに入ってこれるようになると暗譜も「本当の確実な暗譜」となります。
ⓐからⓓまでの暗譜の訓練(練習)は、暗譜の仕方が、積み重ねによるアナログ式記憶法では出来ません。不可能なのです。
よその発表会等を見ているときに、子供が弾いている途中で突然「度忘れ」をして止まってしまった時に、そのまま弾けなかった部分を弾きなおして(或いは飛ばして)先へ進めないで、最初の部分から弾きなおさないと、弾けないのは(あたふたと先生が楽譜を持ってきて「ここだよ!」などと教えているのもよく見受けますが、それも同じですが)記憶がアナログ式になっているからです。(と言うより、日本ではアナログ式記憶法しかありませんのでしかたがありません。)譜面を(小説を読むみたいに、)読んで、見て、覚えるなどという事自体の発想が無いのです。